シリーズ 徒手療法(西尾幸敏)2015年12月8日-2016年1月13日

 

 

 

 

シリーズ 徒手療法

日本のセラピストは徒手療法に無関心?(その1)
2015年12月8日
 ここで徒手療法というと身体の痛みや柔軟性、筋の活動性などを改善するための手を使った治療手技一般のことです。(学校で習う他動や抵抗の運動、ストレッチなどを除きます。)いわゆるマニュアル・セラピーとか○○法などと呼ばれる治療手技のことです。
 日本のセラピストは徒手療法に対する態度で3つに分類されると思います。
 一番目の分類は無関心です。この方達はかなり多い。理由はいくつもあると思うのです。たとえば学校教育の中で理学療法士の行う仕事は主として運動療法で、運動を手段として機能回復を図る。作業療法は主として作業を手段として・・などと説明されると思います。その流れの中で、徒手療法は「柔道整復師やマッサージ師など他職種のやっていること」でセラピストのやることではないという考えがあるように思われます。
 あるいは単に学校で習っていないために、よく知らないという方が多いのかもしれません。
 人によっては徒手療法に対して軽い嫌悪感を感じている方もいるようです。「ハンド・パワー」のような何かしら科学的ではない、民間療法的なイメージを連想させるのでしょうか?
 この方達は、当然、徒手療法を手段として用いません。そのために肩や腰が痛いと訴える患者さんがいても無視される傾向にあると思います。あるいは温熱などの物療だけで対応し、効果がなければすぐに諦めてしまう傾向にあります。
 そして起立訓練や歩行訓練、筋トレなどを行います。「こちらの方が患者さんにとって価値があるから・・・」ということでしょうか?
 患者さんの期待に応えない、応えられないでセラピスト側の要求だけを出しているわけで、とても残念なことです。
 2番目は、数は少ないのですが、徒手療法の利用価値を過大に評価している人たち。まるで宗教のようにある特定の徒手療法ばかりやっています。「これ一つやれば何でも問題解決!」のように思っているのか、明らかに愚かな態度です。
 僕の聞くところでは、脳卒中であれ整形疾患であれ、患者さんに20分間プラットフォームに寝ていただいて徒手療法だけを実施しているとのこと。いつの間にか廃用が起きて、起立したり歩いていた人が車椅子生活になってしまったという話です。
 20分間、それさえやっておけば楽だし、いつの間にか時間が経って1日が終わるとでも思っているのではないか?と思ってしまいます。
 この二つのケースでは、徒手療法の価値についてしっかり考えられていないように思います。
 たとえば肩や腰が痛いと言われるなら、マニュアル・セラピーを用いて痛みを軽くしてみましょう。
これによる効果は、
①セラピストが患者さんのニードにきちんと対応していることを示して基本的な治療的関係を作る。たとえ効果が出なくても、「応えよう」という姿勢は見られます。
②痛みが軽くなると、「この先生による治療は効果がある!」とセラピストの技量に対する期待も高まり、プラシーボ効果も付加されるかも
③患者さんはより楽に運動療法を実施できる。
④痛みが軽くなったことによる運動パフォーマンス・アップも加わって、より大きな訓練効果が期待できる
など。(その2に続く)(文責:西尾幸敏)


徒手療法の利用価値-CAMRの治療方略の中で(その1)
2015年12月15日
1.徒手療法は一時的な状況変化の技術
 通常、徒手療法は痛みや可動性の問題を解決する手技と考えられる傾向があります。たとえば腰痛の方が「痛みを治して欲しい」と訪れます。
 徒手療法では痛みや可動域低下の原因を探り、その原因にアプローチします。基本的に徒手療法なので原因は身体に求めます。こうして評価を通して痛みの原因を特定し、その原因にアプローチして痛みが改善すると、「痛みが治った!」となり、まさしく痛みに対する「問題解決の技術」となります。めでたし、めでたし・・・・
 しかし多くの場合、痛みは軽くなってもセラピストの手を離れて元の生活に戻った途端に痛みも元に戻るということもしばしば見られます。痛みの直接の原因は筋肉などの柔軟組織や関節が元になっているとしても、その筋肉や関節に問題を起こしているのは日常生活習慣(ストレスや仕事のために特定の姿勢や動作をとり続けるなど)にあるからです。
 徒手療法では多くの場合、上記のように一時的な状況変化を起こして終わることが多いのです。
2.「たかが一時的、されど一時的」
 でも「たかが一時的な状況変化」と侮ることなかれ!実はこの一時的にでも状況変化を起こせることにとても大きな意味があるのです。
 もし徒手療法が使える場合と使えない場合を比べたらどうなるでしょうか?(その2に続く) 文責:西尾幸敏


徒手療法の利用価値-CAMRの治療方略の中で(その2)
2015年12月30日
続きです。
『徒手療法が使えない場合』
患者さん「いつも腰が痛くて、起きるのが辛いんです。どうしても寝て過ごしてしまうことが多いんです。」
→セラピスト1「あ、そうですか・・・それはお困りでしょう。えーと、他にお困りのことはないですか?」(セラピストによる無視)
→セラピスト2「あ、そうですか・・・それはお困りでしょう。まあ、歳を取るといろいろなところに悪いところが出てきますからね」(セラピストによる諦めの言葉「齢だから仕方ない」)
→セラピスト3「あ、そうですか・・・それはお困りでしょう。後で電気でも当てましょう。他にお困りのことは?」(ありきたりな治療へのたらい回し)
『徒手療法が使える場合』
患者さん「いつも腰が痛くて、起きるのが辛いんです。どうしても寝て過ごしてしまうことが多いんです。」
セラピスト「ああ、それはお困りでしょう。まず見てみましょう・・・これは脊椎骨という背骨の関節の動きが悪くなっていますね。では治療してみましょう。関節の動きを良くすることができますので・・・どうですか?」(評価による問題の原因と治療・効果の説明)
患者さん「あれ、少し楽になりました。」
セラピスト「良かったです。ところで他にお困りのことはありますか?」(その3へ続く)


徒手療法の利用価値-CAMRの治療方略の中で(その3)
2016年1月5日
さらに続きです。
 前回は徒手療法が使えるか使えないかで、痛みを訴える患者さんに対するセラピストの取る選択肢とその結果が変わってくる例を示しました。もし徒手療法が使えない場合、患者さんが痛みを訴えても、実際には無視するか物理療法に回すしかないわけで、セラピスト本人が患者さんに応えることはできません。そんな状態で、患者さんとの治療関係を上手く作っていけるでしょうか?
 一方、徒手療法で応えることによって患者さんはセラピストを少し信頼されるようになると思います。痛みという問題を(一時的にでも)解決するだけの知識と技術を持った専門家として見ていただけるからです。たとえ痛みは改善しなくてもその問題に取り組む姿勢は見ていただけるでしょう。
 体の問題を訴える患者さんにとっては、言葉だけで共感したり労ったりするよりも体の問題の状況を変化させる方が短時間に、そして遙かに効果があるからです。もちろん前回の例でもあったように「評価による問題の原因と治療の説明」や「コンプリメント」(褒める、労う)などの「足場作り」と呼ばれる技術を徒手療法と共に併用すればさらに高い効果が期待できます。
 もちろん痛みの状況は少しでも改善した方が良いです。その方が信頼も増すでしょうし、その後の運動療法や作業療法による訓練効果も上がるからです。だから徒手療法という技術もできるだけ熟練した方が良い。
 徒手療法などの治療技術と治療方略は、銃の腕前と戦術の関係に似ています。銃の腕前がいくら良くても、戦場で勝つことは難しいのです。戦場の様子や相手の戦い方を知らないで勝利することは難しいからです。しかし銃の腕前が良ければ、様々な戦術を展開することも可能になり、勝利のためにより有利な戦術を用いることも可能になります。(その4に続く)


徒手療法の利用価値-CAMRの治療方略の中で(その4)
2016年1月13日
 ごめんなさい。くどい内容になってますね。でも書きます^^;
徒手療法の利用価値のまとめ
①その時、その場で対応
 セラピストがクライエントの要望にその場で応えられる意味はとても大きいのです。人は痛みなどがあればとても不安です。特に何も知らない人は想像力をたくましくしていろいろな噂を元に不安を強めるものです。
 日本では徒手療法を学ぶセラピストは必ずしも多くはありません。そして多くの患者さんがともすれば「痛みの訴え」を無視されたり、「歳だからどうしようもない」とセラピストから諦めの言葉を投げかけられることが多いのです。せいぜい良くてもどこにもある電気治療だったりします。
 一方体系的な徒手療法を習っていれば、その時、その場で「評価→原因の説明→治療→治療効果の説明」へと進んでいけます。
②徒手療法の意義は以下の通りです。
a.「患者さんの要望を無視しないで応えてくれる、たとえ効果はないとしても要望に応えてくれる」と患者さんに思っていただける。
b.もし効果があれば、セラピストとしての信頼を得ることができます。これはその後の訓練展開においてとても有利になります。セラピストの言葉はより重みを増して、プラシーボ効果も期待できます。
c.心理的な問題だけではありません。痛みを軽くしたり柔軟性を改善することは直ちに運動パフォーマンスの劇的な変化を生み出すことがあります。これは患者さんにとっても大きな自信になるでしょう。
d.また痛みが軽くなったことや柔軟性が改善したことで、運動範囲や重心の移動範囲が広がり、新しい運動スキルを試したり学習する機会が広がります。
e.結果、その後の理学療法・作業療法においてもより大きな訓練効果を生み出すことが期待できます。
③足場作りとしての意味
足場とは建物を建てたり修理するときに、回りに組む作業のための台です。これがあるために作業がより安全、効率的に、短期間に実施することかできます。
 訓練でも同じで、徒手療法で原因と治療、その効果を説明すること、そして実際に痛みや柔軟性を改善することで、その後の訓練をより効率的、効果的に進めることが可能になるのです。
 足場作りの技術には6つあるのですが、徒手療法はその足場作りの一つです。(終わり)