患者の状況を良くする!CAMRのアプローチ

 

2020年3月31日

患者の状況をより良くする!CAMRのアプローチ(その1)
 通常の医療モデルではまず第一に「傷病を根本的に治癒する」という問題解決を図ると思います。しかしそれが不可能なことも多いですよね。たとえば脳性運動障害や脊髄損傷では現在のところ麻痺は治せないし、切断肢も元には戻りません。そこで「より良い状況への変化」が第二の問題解決モデルになります。
 むしろリハビリでは「より良い状況への変化」が基本モデルでしょう。障害の残った方がどのように生活をよく送れるかを目指すからです。原因となる障害を治せれば良いのですが、そうもいかないのでより良い状況を目指すからです。
 CAMR(Contextual Approach for Medical Rehabilitation)はこの「より良い状況への変化」のために生まれました。
 現在はコロナウィルスの影響で講習会も開けませんので、ここで伝えられることを伝えていきましょう。(その2に続く)


 

 

2020年4月7日

患者の状況をより良くする!CAMRのアプローチ(その2)
 「より良い状況への変化」を起こすためには、運動状況を把握し、評価するためのアイデアが重要です。
 有名なのは動的システム論を提案したテーレンらの「アトラクター・ウェル(引きつける井戸)」のアイデアでしょう。人は様々な運動が可能です。たとえば「ここ」から「あそこ」に行くのに、普通に歩くだけでなく、スキップしたり、後ろ向きになったり、くるくる回ったり、ジャンプしたり、ケンケンだったり、それこそ無限のやり方で行くことができます。ただ状況に応じてそれらの中から一つのやり方が「引きつけられるように」定まっていきます。
 仕事中に気心の知れた同僚に会えば挨拶しながら普通に歩いて近づきます。久しぶりに会う恋人にはそれこそ弾むように両手を挙げながら走り寄るかもしれません。上司がいかめしい顔で待ち受けていれば、小刻みに躊躇しながら半身で(いつでも逃げ出せるように)近づくかもしれません。状況に応じて、それぞれの井戸にボールが転がり込むように一つの運動や振る舞いに引きつけられていくのです。
 イラストのニャハハンが示しているのは健常者の運動の状態です。ここでは「人混みを進むときの歩行」を表してみました。ボールが入っている井戸が現在の運動状態です。人混みを進むときは進行方向を前に進むだけでなく、急に立ち止まったり、人と人の間の狭い隙間を横歩きをしながら通り抜けます。前に歩いたり、横に歩いたり、急に立ち止まるにしてもそれぞれの動作は安定していますし、状況に応じてそれぞれの動作を簡単に切り替えることが可能です。それぞれの井戸はボールが中に入ると安定していますが、状況に応じてすぐに飛び出して他の井戸に飛び込める状態を表しています。
 実はこれ以外にも「後ろに下がる」、「小刻みに進む」、「肩幅を狭くしながら進む」・・・などの井戸が沢山あるのが健常者の運動状態なのです。では障害者の運動状態はどのように表せるでしょうか?(その3に続く)

 

 

2020年4月14日

患者の状況をより良くする!CAMRのアプローチ(その3)
 一方ワハハンが示しているのはかろうじて伝い歩きのできる片麻痺患者のアトラクター・ウェル(引きつける井戸)です。 
 この患者は両足、片手すりで立つことは安定しています。そして手すりを使って伝い歩きをするのですが、せいぜい1メートル位しか歩けず、しかもかなりの努力とエネルギー消費が行われている様子です。少ししか動かないのに汗びっしょりです。実際のところ、全身が硬くなって下肢の振り出しが大変なのです。
 結果、立った状態から伝い歩きをしてもすぐに疲れて立ち止まってしまいます。すぐ立位保持に戻ってしまうのです。ワハハンの図は、つかまり立ちは深い井戸の底にあって変化しにくく、かろうじて伝い歩きは井戸の壁の小さなくぼみに不安定に短い間とどまることができるという状態を表しています。しかし長期的には井戸の底に安定してしまいます。そして立位ではこれ以外の動作はないので、他のアトラクター・ウェルは見られません。
 つまり運動システムは様々な要素間の相互作用から、そしてその時その場の状況からある安定状態になります。それがアトラクター・ウェルとして表されているわけです。 
 歩く時には必要以上に体を硬くしたり、つま先を引きずってしまうのも、様々な要素間の相互作用の末にその状態に安定してしまったと考えられるのです。
 もし訓練によって変化しても、しばらくすると元に戻るとしたら結局元のアトラクター・ウェルに引きつけられているわけです。長期的には全く変化していないことになります。金魚鉢の中にビー玉を入れて揺するとビー玉は盛んに動きますが、放っておくと結局また元の位置に戻ってしまいますよね。長期的には全く変化が起きていません。それと同じことです。
 セラピストが口答指示すると背を伸ばすけれど、そうしないときはまた猫背で歩いている人もそういうことです。口答指示はほんの一時的な変化を起こしているだけです。
 ではどうするか?(その4に続く)

 

2020年4月21日

患者の状況をより良くする!CAMRのアプローチ(その4)
 うつろうように消えてしまう一時的な変化ではなく、持続的な変化を起こすにはどうしたら良いのか?
 今回はまず以下の例を通して持続的な変化の起きる条件を考えていきましょう。
 新生児を抱えて足先を床につけてみると足踏み運動を見せます。しかし2ヶ月くらいになるとこれは減少あるいは消えてしまいます。以前は足踏み運動は原始反射であるとされ、中枢神経系の成熟に伴い抑制されるのだという説明がされていました。しかし、テーレンらはこの赤ちゃんをお湯につけてみると再び足踏み運動を再開することを発見します。お湯から出すと消えてしまう。これでは中枢神経系の成熟というアイデアはおかしいということになります。
 テーレンらはこの時期に赤ちゃんの脂肪が急激に増えることに着目します。一方筋力はそのままなので相対的な筋力低下が起きて足踏み運動を減少あるいは消失させているわけです。
 また他の要素も実験・考察していきます。たとえばまだ生後1ヶ月半の赤ちゃんに急激に増える脂肪と同程度の重りを着けるとやはり足踏み運動は消失してしまう。この時期には重さが急激に増えることが足踏み運動を減らしてしまうのです。あるいは消失前からトレッドミルを使い続けると2ヶ月になっても足踏み運動が消失しないのです。これは筋トレで筋力がアップしたからと思われます。また再び足踏み運動の出現した乳児に、急激に増加する脂肪量以上の重りを着けても再び足踏み運動は消失することが無いことを発見します。
 彼らはこのことから以下のように説明します。新生時期に見られた足踏み運動は、浅いアトラクター・ウェルで様々な条件で消えやすい。しかし再び出現した足踏み運動は強固な深いアトラクター・ウェルになっているのではないか?だから重くしても消えないという訳です。
 浅いアトラクター・ウェルである新生時期の足踏み運動は貧弱な筋力や素朴な筋活動のパターンなどから成り立っていて、体重増加や覚醒状態に影響されてすぐに消えてしまう。一方年長児になると豊富な筋力や多彩な筋活動やその組み合わせによって成り立っている頑丈なアトラクター・ウェルになる。だから脚にかなりの重さを課しても消えることはないのだろうと考えられます。

 

2020年4月28日

患者の状況をより良くする!CAMRのアプローチ(その5) 
 前回の説明で貧弱な筋力や素朴な筋活動のパターンからなる新生時期の足踏み運動に比べて、乳児後半の豊富な筋力と多彩な筋活動とその組み合わせによって生まれる足踏み運動はとても頑丈だという話をしました。
 もちろん人の運動の主なところは力を生み出して身体を動かすことですから、筋力の豊富さは大事な要素に間違いありません。実際多くの場合、廃用などで筋力低下があれば筋トレだけで大きな状況変化は起きるものです。
 学校で習ったように筋力や柔軟性、持久力を改善すれば良いのですが、実際には必ずしもそう簡単ではありません。たとえば脳性運動障害では筋力の改善は見られるものの麻痺の重度化に伴って改善はほんのわずかになります。身体の硬さも重度になればなるほど改善は難しくなる傾向にあります。そうなると良い状況変化を起こすのは難しくなります。
 そしてそれらの身体内の運動リソース(筋力や柔軟性、持久力や身体そのもの)が改善できなければ、人は環境内のリソースを課題達成のために使うのです。たとえば上肢がある程度力があるのなら手すりという環境リソースを利用して立ち上がり、移乗を行います。
 確かに身体内のリソースは重要でまずこれを改善できるのなら改善するのが当然ですが、テーレンらの言うように運動は様々な要素の相互作用から生じ、状況に応じてある状態に安定するものです。時には重量増加といった要素が運動状態を決定します。つまり状況変化を起こすに当たって何か特定の要素を重要だとみなして、常にその要素だけに働きかけるというのは必ずしも良い方法とは言えません。身体リソースの改善が難しければ環境内のリソースに状況変化のきっかけを求めることも当然なのです。運動状態はそれらの相互作用から決定されるからです。(その6へ続く)

2020年5月5日

患者の状況をより良くする!CAMRのアプローチ(その6-最終回) 
 状況をより良くするための方略はまず使えそうな身体リソースを患者さんに発見していただくことです。そして必要な課題達成のためのリソースの使い方である運動スキルを探索、試行錯誤していくことです。
 たとえば臥位から起座することのできない片麻痺の方がいます。健側へ重心移動して健側上肢に体重を乗せることができません。体幹の柔軟性が低下していて身体を捻って寝返り気味に健側肘の上に重心を支持・移動することができないのです。患者さんはできない経験を繰り返し、「俺にはできない」と感じています。
 そこで上田法やストレッチなどの徒手療法で体幹の柔軟性を改善します。体幹の柔軟性改善により抵抗が減少し、側臥位への移行はより少ないエネルギーで可能になるはずです。
 しかしそれだけでは本人は柔軟性リソースの改善には気がつきません。患者さんを励ましてもう一度、「臥位からの起座」課題にチャレンジしてもらいます。今度は身体が十分に捻れ、肘の上に重心が移動し、支えてくれるので肘を伸ばして起座までほんのわずかの試行錯誤と介助で達成可能になります。つまり改善したリソースに患者さん自身が探索し、気づく必要があるのです。
 この状態で寝返りを繰り返せば、柔軟性も維持・改善され、筋力も活性化、強化されてきますので身体リソースをより改善します。また結果が変われば認知も変わってきます。少しでもできそうな経験を重ねると意欲も増してより身体リソースの活用は効率的になります。この課題達成のための運動リソースの使い方が「運動スキル」です。患者さんはまず使えそうな身体リソースを見つけ、課題達成のための有効な運動スキルを探索し、試行錯誤し、熟練していくのです。
 もし体幹の柔軟性が改善できない場合は、手すりという環境リソースを利用し、健側上肢を持って重心移動と姿勢の変換などを一気に行うスキルもあります。身体が硬くて重心移動を妨げるので、まず両下肢をベッドから下ろして、身体と重心の移動範囲を確保するよう指導する必要があるかもしれません。それから上肢と手すりを使って重心を上方に持っていきます。これも手すりなどの環境リソースと身体リソースを上手く使った運動スキルです。このように同じ起座という運動課題にしても、どのリソースをどのように使うかで、様々な運動スキルが存在し、達成方法は多様にあるのです。
 このような好循環が生まれることが状況変化のきっかけになります。このような状況変化を起こすには、患者さん自身が探索し、試行錯誤を繰り返すことです。失敗を繰り返せば患者さんはやる気を失ってしまいます。セラピストは患者さんの気がつかない身体リソースや環境リソースに気を配り、患者さんの探索と試行錯誤を続けるよう心理的にもサポートしていくことが重要です。実際、手すりのほかに寝返りする反対側の肩の下にタオルを入れたりのリソースの工夫、介助で脚を少し抑えてみるとかのセラピストの工夫で運動変化が起きることもよくあるのです。ちょうど新生児の歩行が体重増加で消失するように、状況によって様々な要素が運動変化を引き起こすきっかけになるのです・・・・
 申し訳ない。書いている途中でテーレンらの動的システム論の話なのかCAMRの話なのかよくわからなくなってしまいました(^^;)少しテーマを大きくしすぎたようです。状況変化を起こす技術・方略は沢山あるのですが、このままでは際限なくダラダラと焦点がぼやけたまま続けそうです。急ですが、今回の話はこれで締めさせて頂きます。また練り直してみます。次回からはまた新しいテーマを考えてみます。(終わり)