「Camrer(カムラー)第四話「虚(きょ)をつく人」

 

2019年1月22日

火曜の連続リハビリ小説
Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第四話「虚を突く人」(その1)
 僕の名は次郎。介護老人保健施設、金原園で働く2年目の理学療法士だ。
 今日も朝からてんてこ舞いだ。
 リハビリ科の責任者の幸生(ゆきお)さんは良い人だけど仕事には少し厳しい。モットーは「良い医療・福祉サービスは良い経営状態から生まれる」である。きちんと稼がないと、結局良いサービスも提供・維持できないと日頃から口を酸っぱくして激励される。早い話、良いリハビリサービスをしながらもある程度の訓練数を見なさいということだ。うちの施設では13人のセラピストがいるが、1人のセラピストは1日平均15人の訓練を行っている。
 「なんだ、少ないではないか!」と言われそうだ。実際、他の施設よりは訓練数が少ないのだそうだ。まったくこれではリハビリ科の収入の半分以上がリハビリ科の人件費で消えてしまうのだそうだ。それでも施設からは「それ以上訓練をしなさい」とは言ってこない。
 その理由はこうらしい。
 実は金原園は地方都市のもっとも田舎寄りの山の上にある施設だ。回りは人家もまばらだ。15年前の開設当時は老健の定員40名、デイケア40名の小さな施設だった。老健の方は何とか平均39名程度が入所していたが、デイケアの方は1日平均の利用者は14名程だったそうだ。田舎で人が集まらないのである。
 そこへきたのが幸生さんだった。施設の売りが必要だと訴え、リハビリで人を集めようと提案したのだ。短期間で入所者やデイケア利用者の運動変化を起こし、ケアマネや家族の間で評判になった。更にケアマネや地域の区長などを招いてリハビリ体験会や勉強会も開いた。おかげで利用者はドンドン増えていき、数年前から老健の定員100名、ショートステイ20名、デイケア80名の大きな施設になった。当時のセラピストは3名だったが、現在は13名。本当はもっと欲しいので募集しているのだが、地方都市の田舎の山の中ということでなかなか人が集まらないのである。
 幸生さんの主張は明確だ。利用者を増やしてきた実績を背景に、「リハビリ科は訓練で儲けるのでない。リハビリ科の一番重要な役割は良いリハビリを提供し、当施設の特徴にすることで、人を集めることである」と施設幹部達に常々いってきたのだそうだ。実際、今もリハビリの評判を聞いて利用者さんが市内はおろか市外からも集まってきている。
 だから1日平均15人とはいえ、「患者さんやご家族の満足を得られるリハビリをしなさい」と言われていてこれがなかなかプレッシャーなのである。訓練の目標は達成しないといけない。もちろん最初からなんとか達成できそうな目標に設定するのだが、これがなかなか難しい。家族に納得していただく必要があるからだ。特に2年目の僕には難しい。日々どうしたら良いのか迷いながら訓練を続けているので、毎日がなんだか忙しい。
 そんな中、今年の4月からベテラン理学療法士の達之介さんが金原園にやってきた。経験35年のベテラン理学療法士だ。パート勤務で、1日5名程度の訓練の他に若手セラピスト8名の指導もしている。年齢は60歳だが、実際にはかなり若く見える。
 実は主任の幸生さんは元々達之介さんの部下だったそうだ。2人は以前、急性期病院で働いていて、その後二人して老健施設に移られたのだそうだ。そして2人でずっと治療理論や治療技術を工夫していたのだそうだ。金原園で当初から行われていたのはその2人で工夫した訓練方法なのだそうだ。
 今回達之介さんが定年でその施設を退職されたので、幸生さんが若手の指導係を兼ねて達之介さんを金原園に招いたのだそうだ。
 達之介さんもちょっと変わっているけれど良い人で、僕たち若手セラピストは事務仕事で忙しい幸生さんに変わって達之介さんに指導を受けることが多くなっている。
 どんな風に変わっているかというと、僕たち職員の前では達之介さんはゲイのように振る舞う。「アラー、ジロちゃん、髪切ったのねー!うん、似合ってるわよ,ステキー!」などと言う。みかけはおじさんなのに可愛らしいと本人が思っているらしい少女風の仕草でそれを言う。それでいて患者さんの前ではとても紳士的で穏やかな男性の振る舞いなのだ。いきなりのこの二面性には職員誰もが面食らった。それでも幸生さんは「いやー、本当のゲイじゃないと思うけど・・・」などと暢気に言っている。
 そしてこんな平和でのどかな金原園で、後ほどあれほどの恐ろしい事件が起こるなどとはこの時には誰も思いもしなかったのである。(その2に続く)
#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)#

 

 

2019年1月29日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第四話「虚を突く人」(その2)
 ある晴れた朝、ミーティングで幸生(ゆきお)主任がその日のスケジュールを発表した。「今日の午後一番で、70代の頸部骨折術後の男性が入所するので、担当は次郎君。達之介さんにサポートに入って欲しい。資料はここにあるので目を通して欲しい」とのことだった。
 僕と達之介さんは資料を覗き込んだ。簡単にまとめると以下のような内容だった。
 照男さん、80歳、男性。自宅で転倒、頸部骨折で固定術後。術後より帰宅要求強く、暴言、訓練拒否が続く。リハビリは2ヶ月間でほとんどしていないとのこと。認知症はないと思われる。食事やトイレ、入浴は2人介助で車椅子に乗って離床している。怒鳴り散らすことはあっても、手を出すことはないとのこと。
 在宅に帰る前に車椅子で生活できるように家屋改造する間の1ヶ月だけ当施設に入所。
 ここまで読んで少し胸が苦しくなる。ああ、大変な方を担当しそうだ・・・・達之介さんを見ると僕と目を合わせて微笑む・・・「頑張ってね!」とでも言うように表情を作る。
 午後になって達之介さんと一緒に照男さんの居室を訪ねる。達之介さんは廊下の途中まで僕と一緒に肩を並べていたのに、気がつくと一歩引いて僕の少し後ろを歩いている。居室に近づくと部屋のドアは開いていて、人の気配と荷物を動かすような音がする。
 僕は後ろを振り返って「お先に?」と期待を込めて勧めてみたが、達之介さんは両手の平を胸の前に広げて「まさか!」と小声で応える。
 仕方ない、腹を決めるぞ!と思い、大きな声で「こんにちわ、失礼します」と言いながら部屋の入り口に立った。ベッドには小柄だががっちりした体格の男性が座っていた。この人が照男さんだとすぐにわかった。鋭いぎょろっとした目つきで、こちらをチラッと睨み付けるが、何も言わないですぐにベッドのそばの小柄な女性に無愛想な表情を向ける。その女性が「ああ、こんにちわ、お世話になります!」とにこやかに挨拶してきた。
 僕と達之介さんは挨拶と自己紹介をした。女性は荷物を整理していた手を休めて、妻であると自己紹介した。
 「この人はホントにもの凄く頑固なんよ。一度言い出したら人の言うことなんか聞かんのんじゃけえ」と奧さんは困ったような顔で照男さんのことを紹介した。照男さんは「うるさい!」と奧さんに怒鳴りつける。
 僕は慌てて照男さんに話しかけた。「リハビリの担当をさせていただく○○と申します。どうかよろしくお願いします」と言った途端、ぎょろっとその大きな目で僕を睨み付けると、
「リハビリなんかいらん。やっても痛いし無駄じゃ。家に帰れば仕事があるので歩くようになるんじゃ。じゃから早う家に帰せえや!」と怒鳴ってくる。いきなり怒鳴りつけられて、僕は頭が真っ白になった。口が開けっぱなしだったと思う。自分でも声が出ないのがわかった・・・・(その3に続く)
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2019年2月5日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第四話「虚を突く人」(その3)
 達之介さんが僕の様子を見て助け船を出してくれた。「そうですね。早く家に帰れると良いのですが、やはり少しは体が動いた方が良いと思いますよ。少し体を動かしてみませんか?」照男さんは今度はぎょろっと達之介さんを睨み付けて、すぐに反撃を始める。
「痛いのに動けるわけがないじゃろが!」と一際大きな声で怒鳴られる。達之介さんに向かって怒鳴っているのはわかっていたが、僕は身が竦んだ。
達之介「できるだけ痛くないようにしますので」
照男「なんやそれ。できるだけ痛くないようにじゃと?どうやっても痛いんじゃ!大きな口たたくんなら、最初に痛いの治してみろ!」
達之介「いや、ごもっともで。でもポータブルトイレくらいは行けないとご自宅で過ごすのも不便かと・・」
照男「おむつでええ!家に帰ればやることがあるので自然に動くんじゃ!早く家に帰せ!それができんのならもう顔を見せるな!」と怒鳴りまくられる。僕はすっかりへこんでしまいました。なんだか気落ちしてその場で固まってしまったようです。
 達之介さんは突然、「まあ、今は入られたばかりでお忙しいでしょうし、また後で参ります」と言って僕の腕を掴んで部屋を出るように促す。僕たちは向きを変えた。後ろから照男さんが「もう来るなっ!お前らみたいなのは屁の突っ張りにもならんのじゃ。今度来やがったら承知せんぞっ!」と怒鳴ってきた。2人でコソコソと逃げ出すように部屋を出る。
 達之介は「あちゃー、大変な目にあったわね」と僕に小声で話しかけてくる。
 僕はすぐには声も出ない。
 僕たちが部屋を出たすぐ後に奧さんが後を追ってきた。照男さんが「どこに行くんなら?」と怒鳴っているのが聞こえる。
 奧さんは僕たちの背中を押して少し部屋から離れてから小声で謝ってこられた。「ごめんなさいね、本当にもう偏屈で偏屈で・・・・家族も困っとるんよね。元々ひねくれ者であまり人とは上手くやれない人なんだけど、今回は骨折して動けなくなって、思い通りにならないことが増えたもんだから余計に偏屈で気難しくなっちゃって」
達之介「前の病院でもこうだったんですか?」
妻「そうなんよ!早く家に帰りたいけえ、あんな訳の分からない屁理屈をこねるのよね。結局前の病院もこれで早めに追い出されちゃったのよ。今は2人暮らしで、このまま帰られても私はどうしようもできない。息子はとなりの街にいるので毎日居るわけではないけん、とても困るんじゃけど・・・・」
 居室から「おいっ!おいっ!こらっ!早帰れっ!」と照男さんの怒鳴り声が聞こえる。
達之介「お話を伺いたいので、また後で訓練室にでも来ていただければ・・・」
妻「ええ、わかりました。また後で行きます。もう何とかして欲しいので・・・・」と背を向けて居室に小走りで戻っていく。
 僕はようやく声が出た。「お、奧さんも大変ですね・・・・」
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2019年2月12日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第四話「虚を突く人」(その4)
 僕と達之介さんが別の利用者さんの訓練を終えて訓練室へ戻るとちょうど照男さんの妻が訪ねてきてくれた。達之介さんは家や病院での様子などを聞いている。
 内容をまとめるとこんな感じだ。
 照男さんは若い頃から頑固だったそうだが、歳とともにみるみる頑固さが極端になってきたそうだ。理屈っぽくて、皮肉屋で、我が儘で、我慢しないとのこと。機嫌が良い時は、問題なく人と接することもあるが、多くの場合、何か気に入らないことがあると激しく喧嘩をするのだそうだ。それでもまあまあ昔から友達付き合いをしている人も何人かはいるそうだ。
 達之介さんは前の病院でのリハビリ拒否の場面を特に詳しく聞いていた。やはりまとめると以下の通り。
 まずセラピストが声をかける。「リハビリしましょう」→「痛いからいや」→「でも動かないともっと悪くなる」→「家に帰ればやることがあるので良くなる」→「でも今は動けないので、家に帰るためにはリハビリを」→「うるさい!」・・・と常に似たような状況が繰り返される。そして最後はセラピストも諦めたのが全然近づかなくなったとのこと。妻は本当に困った様子でため息をついた。
達之介「あと、今回のリハビリでは何ができるようになれば良いと思いますか?」
妻「そうじゃね・・・まあいろいろあるけど・・・やはり独りでベッドから車椅子へ乗り移ったり車椅子からトイレに乗り移れたら、もうそれだけで助かります。それさえできりゃ、あとはあの人独りでいくらでも好きにするけん・・・今の状態じゃ、乗り移りも私1人でどうして良いかわからんのですよ」
達之介「わかりました。独りで乗り移りですね。頑張ってみます」
妻「お願いします」と深々と頭を下げてまた居室に帰られる。
 妻の姿が見えなくなってから達之介さんに話しかける。
僕「自分勝手な理屈でスジが通りませんよね。こちらでもどうにもならないんじゃないですか?」
達之介「ふーむ、そうね・・・ねえ、優等生だったジロちゃん、こんな場合はどうやって問題解決するんだっけ?」
僕「えーっ、問題解決なんて無理ですよ!」
達之介「あらあら、あなたってそんな人だっけ?一般的な問題解決の方法は学校でも習ってきたでしょう?考えてごらんなさい」
僕は仕方なく答える。「えーっ・・・まずは問題と原因を明確にします」
達之介「それで?」
僕「問題は照男さんの訓練拒否です。原因は・・・・あの偏屈でひねくれた性格です!」
達之介「ふーむ、なるほどね・・・入院のストレスのような一時的な問題とかじゃなくてもっと本質的に性格に根ざしたものということね」
僕「入院のストレス?まあ、多少は影響しているかもしれませんね」
達之介「ふー、ようやくいつもの冷静なジロちゃんに戻ってきたわね・・・まあ、一時的なストレスはあるにしてもひねくれた性格がベースってことよね」
僕「そうですね。普通性格を変えるなんて無理ですよね」
達之介「なるほど。原因はわかってもどうしようもないということね?じゃあ、どうする?」
僕「えっ?だからどうしようもできないと・・・・今のところ、いろいろな説得しても受け入れられそうにないし・・・」
達之介「うん、そうね、わかったわ。じゃあ、もう一つの問題解決の方法を試してみましょうか」
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2019年2月19日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第四話「虚を突く人」(その5)
達之介「うん、そうね、わかったわ。じゃあ、もう一つの問題解決の方法を試してみましょうか」
僕「えっ?もう一つの問題解決?」
達之介「そう、問題解決には大きく分けて二通りあるのよ。一つは問題の原因を探してその原因にアプローチするの。原因解決アプローチっていうのよ。今ジロちゃんが原因を探してそれにアプローチしようとしたでしょう。それよ。
 そしてもう一つは問題発生の状況を調べて、その状況を変化させるの。こちらの方は関係する要素や要素間の関係性を変化させるやり方で、基本的に原因を必要としないのよ」
僕「・・・・・原因を必要としないとか状況を変化させるとか、僕にはよくわかりません。どういうことですか?」
達之介「そうね、先ほどの奧さんとの話でセラピストが訓練を勧めると照男さんが反論して拒否する・・・この流れが繰り返される・・・ってことがわかったでしょう?つまりセラピストが訓練に誘って拒否になるまでいつも同じ状況が繰り返されてる訳よ。だから少しこの状況を変えてみようと思うの。フフフ、まあ見てらっしゃい!まずは実際にやってみせるわね。上手くいくかどうかはわからないけどやってみる価値があるわ」とウィンクしてくる。
 達之介さんは照男さんのいるユニットに電話して様子を聞いている。そして電話を置いてニコッと笑う。
達之介「どうやら今お風呂に入っているようよ。一騒動あって、苦労したらしいわ。うちの介護士さん達、それでも照男さんをどうやらなだめて入浴してもらったみたいよ。やるわね、あの子達!」と嬉しそうに話す。
 そして入浴が終わる頃を見計らってもう一度居室を2人で訪ねる。まだ帰られていない。妻はついさっき帰ったそうだ。達之介さんは「ちょうど良かったわ」と言って、ユニットの介護士さんに声をかけて照男さんの席を聞いた。そしてユニットの共有スペースの中を移動して、浴室へ向かう廊下への入り口付近に立ち止まった。そして僕を手招きして呼んだ。
達之介「良い?照男さんが帰ってきたら、急いで反対側のドアから出るわね。それからまたすぐに戻って照男さんに話しかけるからね。くれぐれも無愛想にしたりしないでね、というか愛想良くしてね」というと浴室の方に注意を向けた。途端に「あら、帰ってきちゃった!急げー!」と反対側のドアに走り出す。僕も面食らって達之介さんのあとを追う。「一体何を考えてんだ、この人は!」と心の中で愚痴った。
 ドアを出ると、センターホールがある。センターホールの一角に訓練スペースがある。達之介さんは息を切らせながら「すぐ元に戻るわよ、良い?」と言い、深呼吸をしている。僕も少し息を切らせながら「なんでわざわざこんなことするんですか?」と聞いた。
達之介「だってあたし達があそこで待ち構えていたら、照男さんだって警戒して心を閉じるでしょう?通りがかりに偶然声をかけた風が良いのよ」
僕「あ、そんなことまで考えてるんですか?」
達之介「それにあたし自身、人を待つというシチュエーションが苦手なのよね。なんだか自分でもよくわかんないけど・・・偶然ってのが運命ぽくって良いじゃない?」とウィンクしてみせる。
僕「はあ、それは僕にはよくわかりませんけど・・・」
達之介「さて、息も整ったし、行くわよ!」
 達之介さんはもう一度深呼吸するとユニットに入り、照男さんに向かって歩き始めた。照男さんはテレビの方を見ながらお茶を飲んでいる。こちらには気がついていない。仕方なく僕も後を歩く。「何をするつもりだろう?」とドキドキする・・・・・
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2019年2月26日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第四話「虚を突く人」(その6)
 達之介さんは照男さんの斜め前方に入り、さりげない様子で軽く片手を挙げて「ああ、入浴されたんですね。どうでしたか?」と明るく声をかけた。照男さんは無愛想な表情で「寒かったわい!これでは風邪を引いてしまう」と言われる。しかし、最初に会ったときのようなトゲトゲしさは感じなかった。さらに続けて、「それでもリハビリなんかより風呂の方が大分ええわい」と言った。かすかに唇が笑った。どうやら僕たちがリハビリスタッフだということはよく憶えておいでのようだ。それにお風呂上がりで少し気分も良くなっておられるようだ。
 達之介さんは「はははっ、こりゃ参った」と頭を掻きながら答える。
達之介「ところでリハビリの件ですが、奧さんがせめて一人で車いすやトイレに移乗できないと困ると仰るのですが」と話し始める
 照男さん、急に表情が硬くなり、やや強い口調で「心配せんでええ!今は痛いのが一番の問題じゃ!痛うて動けんのじゃ!」
達之介「でも今動いておかないとますます動けなくなりますよ」
照男さん「それは心配せんでええんじゃ!家に帰ればやることもあるし、動かんにゃいけんのんじゃ。じゃから家にさえ帰れば自分で動けるようになるわい。ともかく病院では動く気にならんのじゃ!」語気が荒くなる。
僕は心の中で叫んだ。「達之介さん!前の病院での会話を繰り返してる!ダメだ、それじゃ!折角ごきげんだったのに・・・」
達之介「ああ、そうですか!それを聞いて安心しました!実はこのまま寝たきりの生活になってしまわれるのではないかと心配してたんですよ。でも照男さんがそう仰るなら大丈夫だと思います。お話を伺った限り、照男さんはとても論理的に物事を考えておられますね!確かに病院ではすることがないけど、家に帰ればやりたいことがありますもんね。それに照男さんは意思の強い方だとわかります。これなら1人でも何とかされるんじゃないかと思ってました!」
 僕はびっくりして達之介さんを見た。達之介さんはニコニコしている・・・・ふと気がつくと、照男さんも大きくポカンと口を開けて達之介さんを見つめている。放心状態だ。しばらくそのまま凍り付いたように照男さんも僕もじっとしていた。
 達之介さんが再び口を開いた。「でも実際、今のまま帰られても家で動くのは思った以上にしんどいと思いますよ。せめて準備体操くらいのつもりでこちらで体を動かしておきませんか?その方が家に帰ったときによりスムースにいくと思いますよ」
 照男さんは凍りついたように動かなかった。随分時間が経ったと感じた頃に、「ゴクン」とツバを飲み込む。そしてやっと「まあ、そこまで言うんなら少し付き合ってやろうか・・・」とややかすれた声で言われた。
 あまりの劇的な展開。凍りついた僕の目の前で達之介さんは一言なにかしゃべりかけながら、照男さんの車椅子を押して訓練スペースへ向かう。僕は操り人形のようにその後をフワフワとついていった。
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2019年3月5日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第四話「虚を突く人」(その7)
 訓練室に着くと「まず、痛みが軽くならないか試してみましょう」と達之介さんが言った。
照男「痛みが軽くなる?そんなことができるのか?」
達之介「ええ、徒手療法という痛みを軽くできる方法があるんですよ。やってみる価値はあると思いますよ」
 そう言うと痛みに関していくつか質問をした。どんなときにどこが痛いかを聞き、その後で触診しては確かめ、実際に動いていただき、痛みの部位などを確かめる。照男さんは「痛いのぉ!」と大きな声を出される。僕はまた照男さんが罵声を挙げて訓練を拒否し出すのではないかとドキドキした。
 達之介さんは左大腿部の大腿筋膜張筋から始めて、下腿、足部、足趾と軽いストレッチとマッサージを進めていく。その後座位で背部をマッサージする。思った以上に広範囲にマッサージを行う。また色々なところに手を当てて、照男さんに足先などを動かしていただく。あっという間に10分以上が過ぎて、達之介さんも汗びっしょりになった。「さあ、もう一度脚を動かしてみましょう」照男さんは素直に脚を動かし、びっくりした顔をして、何度も何度も脚を動かした。そして言った。「こりゃ、だいぶ楽になったわい。どうやったんじゃ?」と驚かれた様子。
達之介「少し立ってみませんか?手伝いますので。それと痛い方の脚はいきなり使っても力が出ないので役に立たないと思います。だから良い方の脚を中心に立ってみましょう」
 照男さんはやや、躊躇されたが、痛みが軽くなったのでやってみる価値があると思ったのだろう、何も言わずに達之介さんの指さすまま、前方の平行棒を両手で掴んだ。
達之介「まずは、両手と良い方の脚でお尻を軽く浮かせてみます」と伝え、照男さんが頷く。達之介さんは照男さんの左に立ち、「ここを持たせてくださいね、良いですか?」と片手を左上腕、片手を右腰近くのズボンを持つ。照男さんは何も言わない。達之介さんは準備ができると「せえのっ!」と声をかける。お尻がふわっと浮いて、しばらく止まる。「ゆっくり下ろしますよ」と達之介さんが言うと、ゆっくりとお尻が元に戻る。
達之介「どうでした?痛かったですか?」
照男「痛いのまだ残っとるが、まあ良くなったわい。あんた、凄いのう!前の病院じゃ、誰も痛いのはなんともしてくれんかった・・・それとええ方の脚に力が入らんわい。だいぶん弱ったとるのお。こりゃやっぱり鍛えんにゃいかんわい」と改めて脚が弱っていることを認識されたようだ。
達之介「ではもう一つ、今度は立ってみましょう!」
 ここでも照男さんは素直に従う。達之介さんが手伝って立っていただく。だが立ってすぐにしんどいと座られてしまった。
達之介「やはり身体がかなり弱っておられますね。これから少し時間をかけて元気になりましょう。では今日はこの辺で終わりましょう」と言ってユニットまで送った・・・
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2019年3月12日


Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第四話「虚を突く人」(その8)
 その日の午後、僕は早めに担当の訓練を終え、リハビリ控え室に戻った。部屋には裕美さんがいた。彼女も最近金原園に入職した作業療法士で、達之介さんや主任の幸生さんと旧知の仲らしい。幸生さんと同じくらいの年齢のようだ。
 僕はまだあまり話したことがないので「お疲れ様です」と声をかけた。彼女は「お疲れ様」と返すと「どうだった?照男さんは?」といきなり聞いてきた。「達之介さんから聞いていたんだな」と思った。
僕「いや、凄かったというか信じられないです。あの偏屈な方がコロッと変わってとても素直に訓練をされたんですから!・・・・ともかくそれが不思議なんですよね。なんであんなことになっちゃうのか・・・・」
裕美「あー、いきなり褒めたんじゃないの?」
僕「そー!そー!そーなんです!信じられないことにいきなり褒めたんですよ!未だに何が起きたかわからなくて、頭が混乱しちゃって!何が起きたんだろう?」
裕美「ははは、わかる、わかる。次郎君て、意外に明るくしゃべるのね!」
僕「えっ、そうですか?いつもこんなもんですよ」
裕美「そうなの?うん、ステキな笑顔ね。次郎君ならかおりちゃんにお似合いよ!」
僕「えっ・・・・・」
 僕は絶句した。かおりちゃんは同期の作業療法士だ。実は一目見た瞬間に惹かれた。でも誰にも言っていない、僕だけの秘密のはずだった・・・・
裕美「ねえ、もう告白したの?」
僕「いえ、まだです・・・・」
裕美「あら、随分素直じゃない?ふふふ、これが達之介さんが使った手よ。人間っていきなり虚を突かれると無防備で空白の状態になっちゃうのよ。素直になっちゃうという感じ?『意表をつくコンプリメント』というテクニックなのよ。コンプリメントというのは『褒める、癒やす、労う』といった意味よ。虚を突くんだけど、褒めるから良いのよね。同じ虚を突いても不意打ちといった攻撃はダメよ。すぐに反撃を食らっちゃうから。褒めるからこそ、どうして良いかわからなくなっちゃうのよ、壁が無くなっちゃうの。今の次郎君がそうでしょう?」
 僕はますます頭が混乱した。でも頭の片隅で照男さんが凍りついたように動かなくなった状況がよくわかったような気がした。返事もできない・・・・こんな状態になってたんだ!
裕美「あら、ごめんね。実感してもらおうと思ったけど、意表をつきすぎたわね・・・誰にも言わないから大丈夫よ・・・・さて、次の訓練に行かなくちゃ!またね」
 そう言って裕美さんは席を立ち、呆然と立ちすくむ僕を置いて部屋を出て行った。
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2019年3月19日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第四話「虚を突く人」(最終回)
 その日の夜、達之介さんとルミルミさんの店に行った。
 カウンターに腰掛け、いつものようにビールを注文してから達之介さんが僕に話しかける。
達之介「裕美ちゃんが謝ってたわよ。あまりにはまったから困ったって・・・」
僕「ああ、そうですか、それはもう良いです。実際に良く実感できましたから。それより気になることがあるんです。1つは達之介さんの徒手療法は随分広範囲に行うんですね。確か硬くなった場所、動きの悪くなった場所を見つけてその部分の動きを良くするって習ったんですけど」
達之介「そうね、以前はそう言ってたけどね。たとえばこんなふうに考えてみて。エアコンが壊れて原因を探したらモーターが壊れてた。それでモーターを交換した・・・これで上手くいくはずでしょう?」
僕「ええ」
達之介「確かに上手くいく場合はあるんだけど多くはまた壊れちゃうのよ。と言うのもモーターが悪いだけかもしれないし、他にギアの軸がずれてたり、ゴムベルトが硬くなったりして動きが滑らかでないかもしれないじゃん。そうするとモーターを変えてもギアやベルトの動きが悪いから、またモーターに負担がかかって壊れることも多いのよね。
 人の身体も一緒。1ヶ所硬くなったり動きが悪くなると筋膜などを通して他の場所に負担がかかったり、遠く離れた場所に動きの悪いところができてそれが伝播してある一点にストレスが集中してるかもしれない。だから周辺も含めて一度に良くするのよ。多要素多部位同時アプローチといってCAMRの基本的な治療方略なの」
僕「なるほど。それで合点がいきました。それともう一つ、あの『意表をつくコンプリメント』っていうの、あんな技術があるんだなって感心したのと同時に、果たして僕に使うことができるんだろうかって考えちゃうんですよね。なんだか専門的な心理療法みたいで、僕には経験も知識もないし、とてもできそうにない難しい技術というか・・・」
達之介「そうね・・・・でも基本は褒める技術よ。どんな状況でも褒めてみようということ、これだけよ!確かに難しいことではあるけどね・・・・学校では困った患者さんにどう接していくかは習ってないでしょう?」
僕「はい、習っていないように思います」
達之介「そうね、でもこんなふうには言われているはずよ。『君たち、身体のことばかりに目を向けてちゃダメだよ。リハビリは全人間的なアプローチが大事だから、全人間的に人を理解できるようになりなさい』みたいなこと言われなかった?」
僕「ああ、確かに!それらしいことはいろいろな場面で言われたように思います」
達之介「どう思った?」
僕「まあ、そう言われればそうなんですけどね。具体的に何をしたら良いのかが全然わからないですね」
達之介「そうね、言っていることは人間的に成長しなさいってことよ。人間的に成長すれば患者さんとの関係も上手くいくって言ってるわけ。でもさ、あたしは60になるけど人間的な成長なんて何をどうすれば良いのか未だによくわからない。何が成長なのかもね。絵に描いたお餅よね。
 それに比べて今日使ったテクニックは『褒めて人と付き合いなさい』というとても具体的な方法よ。『いろんな状況でもともかく褒めることができると状況が変わるかもしれない』が基本なの。それだけ。どう?人間的成長といろいろな状況で褒めることができるようになることのどちらが簡単?」
僕「それは褒めることです、具体的ですもん・・・なるほど、どんな状況でも褒めることで患者さんに付き合うと言うことなら、人間的成長と言われるよりは遙かにできるような気がしてきました」
達之介「でしょう!これもCAMRの基本的な治療方略の1つなの。やる気になったでしょう?」
僕「ええ」
達之介「それと香ちゃん、良い子だと思うわ。アタックしちゃいなさいよ。ダメ元よ。あたしがとっておきの方法を教えてあげるわ。それはね、毎日挨拶するじゃない。その時にね・・・・・」
 またもや虚を突かれて心の中で呻く。まったくうちの大人達は・・・・でも達之介さんが教えてくれるかおりちゃんへのアタック方法は確かに簡単で明日から僕にもできそうだ、などと思う。こうして目まぐるしかった1日がやっと終わろうとしている。(終わり)
後日談:その後達之介さんが照男さんの主担当になり、特に問題なく訓練を実施されるようになられる。達之介さんが担当の時は、時折冗談なども言われて別人の様だった。
僕が訓練に入った時は無愛想で時々叱られることもあったが、何とか訓練はしていただいた。
 結果2ヶ月後の退所時には痛みもなく、起立・移乗や伝い歩きも自立し、奥様からは大変喜んでいただいた。
 退所後は屋内は伝い歩き、屋外は車椅子で気ままに生活しておられるとのこと。めでたし、めでたし・・・・・
※来週からは第5話「誰の問題?誰の目標?」