状況的アプローチ - 上田法技術を活かすための枠組み(その3)

”状況的アプローチ - 上田法技術を活かすための枠組み(上田法治療ジャーナル, Vol.22 No.2, p59-88, 2011) ”
 今回は6章を載せています。
 今回紹介する「状況一体性」というアイデアが、「状況的アプローチ」の中心的な柱となっている。簡単に言うと「運動と状況は切り離せない」と言うことである。あまりにも簡単すぎて「なんだ・・?」と思ってしまうかもしれない。もっと重々しい言い方がないか・・としばし考えるが、やはり思いつかない。
 実は15年前にこのアイデアを思いついたとき、僕自身、「だからどうした?」と思ってしまった。ところが5年前のある日、「ああ、そうだ。やっぱり運動と状況は切り離せない」と再び思ってしまった。それからようやく、この簡単なアイデアを中心にアプローチの方針や枠組みが生まれてきた。時間がかかるものである。他の人ならもっと早く、もっと他のことを思いついていたのかもしれない。

 ところでこのエッセイで取り上げている「人の運動変化の特徴」は2つだけである。「人は生まれながらの運動問題解決者」とこの「状況一体性」だ。最初の段階ではもう3つの計5つを取り上げて説明していたのだが、このエッセイを書いている途中で息切れして(^^;)、切り捨ててしまった・・・いつか書き直したいと思っている。
 それでは、始めます。  

状況的アプローチ
-上田法技術を活かすための枠組み
                葵の園・広島空港 理学療法士 西尾 幸敏

6.状況一体性
  -システム理論から見た人の運動システムの特徴 その2
 人の運動は常に状況の中で生まれる。刻々と変化する状況に連れて運動も刻々と変化する。たとえばカップのアイスクリームを食べる場面を想像してみよう。冷凍庫から取り出されたばかりのアイスクリームは硬くてスプーンも立たないほどだ。あなたはカップを回したりスプーンの角度を変えたりしながら、アイスクリームの表面を削り取り、断片をかき集めてはスプーンですくい取る。
 やがて時間の経過と共にアイスクリームは柔らかくなるので、簡単にスプーンですくえるようになり、最後はカップを傾けて1カ所に溶けたアイスクリームを集めてすくい取ろうとする。「アイスクリームを食べる」という課題でも状況は刻々と変化し、運動もそれに連れて刻々と変化する。
 このような人の運動システムの性質を「状況一体性」と呼んでみよう。つまり人の運動は常に状況と一体であり、人の運動は常に状況の中で生まれ、状況によって形作られる。
 また状況の変化は運動の変化に現れるが、しばしば運動の変化が状況を変化させる。 たとえばバスケットボールでシュートの練習をしてみる。頭の上にボールを構えて、ゴールめがけて投げるのだが、最初はこれが全くうまくいかない。自分でもぎこちない動きを意識してしまうし、最初はボールがゴールに届かず、ゴールはずいぶんと遠く見える。
 しかしやがてシュートに熟練してくる。あなたは洗練されたシュートスキルを身につけ、近い距離なら自信を持って狙えるようになる。こうなると状況は変わってくる。ゴールは手の届きそうなところまで近づいてくる。最初シュートを撃つことは忍耐を伴う修行であるが、上手になってからは楽しみとなる。シュートの上達という運動の変化が、シュートをする状況を変化させたのである。
 人が運動問題解決者でありうるのは、この状況一体性という性質による。状況変化の中で適当な運動を生み出し、変化させ、状況そのものを維持したり変化させていく。
 ただ状況一体性という性質によって、必ず成功を生み出す訳でもない。一つ例を挙げておこう。あなたは嵐の中、向かい風に逆らって歩いて行く。あなたは前方からの強風に、何度も後ろに吹き飛ばされそうになるが、やがて適度な前かがみになり、1歩1歩進んでいく。強い向かい風に対して前かがみの姿勢で歩くという運動変化により「向かい風に逆らって進む」という状況を維持している。
 その時、突然風の向きが変わり、風が横から吹き付ける。あなたはいとも簡単にバランスを崩し、地面に叩きつけられる。急激な状況変化にはうまく適応できる訳ではない。 幸いあなたに怪我はなかった。あなたは風の力を感じながらうまく身体を起こしていく。そして今度は横からの風に耐えるために歩き方を色々と変化させ、何度も手や膝をつきながら進んでいく・・・
 このような困難な状況ではしばしば人は失敗をする。嵐の中を歩いたり、初めてダンスを習ったりする時は困難な状況下での運動である。また鍛え抜かれたアスリートでも、オリンピックのようなハレ舞台という特別プレッシャーのかかる状況ではしばしば失敗をする。困難な状況下では、適応的な運動が現れ変化することにしばしば失敗する。
 困難な状況では、人は失敗を繰り返しながら課題を達成しようとする。初めてアイススケートに挑戦した人は、氷の上を進むために色々なやり方を試みるものである。うまく行くまでは常に変化を生み出そうとする。試行錯誤は困難な状況下、あるいは新奇の運動課題にチャレンジする時の基本方略である。