運動世界の三つの物語(その3)

運動世界の三つの物語(その3)(上田法治療ジャーナル, Vol.23 No.2, p71-91, 2012) ”
 今回は、二つ目のおとぎ話です。
 
 それでは、始めます。  

運動世界の三つの物語
葵の園・広島空港 西尾幸敏

Ⅱ.次の物語
 さて、先ほどの古本に戻ろう。その本の失われたページの後には次のような物語が載っていた。

第二話 運動共和国物語
 『運動の精は人の運動の国を作り直すことにした。今度は王国のように圧倒的に強力なリーダーやそれに敵対するライバルは作らないことにした。「いつもハラハラドキドキの展開が必要なわけではないからな」と運動の精は思った。「それにコントロール獲得に苦労すると、人は肝心の生存競争に敗れてしまうかもしれない」
 そこで国に入れられたのはニューロ家の兄弟達やパワ家、センソ家、サボ家、フレクス家、メタ家の一族だった。ニューロ家の兄弟達はチームワークの要で、メンバー間の様々な活動を調節し、より効果的な仕事をするのが得意だった。センソ家はニューロ家の右腕のような存在で、体や世界の情報を集めてくるのが得意だった。パワ家はニューロ家のもう一つの片腕で、力を生み出す。サポ家はパワ家の相棒で、パワ家の一族が効果的に働くための土台を作っていた。しかしそれらの家族とそのメンバーの多くは、生まれたては未熟だった。
 一方フレクス家は体の動きを大きくし、メタ家はエネルギーを集めて配るのが得意だったが、彼らは生まれながらに成熟した能力を発揮することができた。そのため、生まれたばかりの赤ちゃんは、優れた柔軟性と食欲以外に得意はなく、手足や頭を自由に持ち上げることはできなかった。ただ手足はバタバタと無秩序に動くだけだった。そして重力に無力にうちひしがれ、保護者からの庇護を受けなければ生きることはできなかった。
 しかしニューロの兄弟は成長するに連れて、仕事を効率的にこなしたり、エネルギーを上手に使ったりするようになる。特に末弟のコルテは、状況に応じて最も適切な身体の使い方の創意工夫に優れており、目の前に現れる様々な問題を実に効率的に解決した。兄弟仲もとても良かった。上の兄弟達は、コルテの才能を認めており、彼がより働けるように背景で様々なサポートや調節を行って、上手く皆で役割分担を行い抜群のチームワークだった。
 彼らは次第に少しずつ成長し、様々な環境や状況を経験し、それらに適応する術を学んでいく。また世界は無限に多様で、状況は刻々と変化することを知り、状況の変化に適応的に対応することを学んでいく。チーム内に強力なリーダーがいない代わりに、様々な異なった状況、異なった環境では、それぞれができる最大限の努力をして、それぞれの状況に最も適応的に対応するために多様な役割をこなすようになった。
 そうしてやがて強力なチームワークを築くようになる。成長するに従い、自分たち以外に、身体の外にある多くの環境の民達とも協力する必要性を学ぶ。そして沢山の種類の環境の民達とのつき合い方を学び、適切な協定を結び、やがて広範で強力な運動共和国を築くことになる。ただ共和国の国境は常に変化した。共和国は必要に応じて様々な環境の民と一緒に過ごしたり、離れたりしたからだ。
 強力な共和体制のおかげで、人は自由に立ち、歩き、走ることができるようになった。運動共和国、万歳!
 しかしある日運動共和国に異変が起きた。脳卒中という病気がコルテを蝕んだ。コルテは病に伏せってしまう。コルテは一番若かったが、チームワークの要であり、チームがより効果的な結果を生み出せるように働いていた。まずパワ家が働けなくなった。相棒であるサポ家はガタガタになり、フレクス家が過剰に立ち働いた。センソ家は困惑したままだった。
 しかし元々チームワークの良い彼らである。すぐに他の誰かがコルテの失われた機能を穴埋めしようとした。たとえばコルテの一番上の兄スパイナは、何とか頑張って、パワ家を働かせようと頑張った。パワ家はコルテの病気で、弟たちがバタバタと動けなくなる中で、長兄ビスエラはコルテの助けなしに古いやり方で、筋を硬くすることができたので、頑張って筋の硬さを生み出した。
 が、世間はそれを「痙性という名の異常な筋緊張」などと必ずしも良い評価を与えなかった。スパイナもビスエラも、状況に応じて変化の遅い不器用な硬さを生み出すばかりだった。それでもなんとか残ったメンバーで頑張っていくしかない。それ以外に彼らに何ができるというのか?スパイナやビスエラは歯を食いしばって、非難に耐え、努力を続けなければならなかった。
 またチームは環境の民との協定を無視して、環境の民をないがしろにするようになる。環境の民は彼らから離れていった。チームはますます世界との接点を失い、さらにうまくいかなくなった。運動共和国はもともと環境の民を無視しては存続できないのである。
 そのため人は環境内で上手く振る舞えなくなる。座れなくなったり、いろいろな課題を達成できなくなる。あるいは課題達成的でないやり方を繰り返すことになる。フレクス家は、病気直後には過剰に活動したが、元々運動が起きて初めて活動が維持できる家系なのだ。運動ができなくなってしばらくするとフレクス家も少しずつ傾いていった。結果、体は硬くなりますます運動は起きにくくなる。危うし、運動共和国。さあ困った。
 そこに、リハ・ビリーが現れた。共和国の治療団のリーダーはベルンという。ベルンは人手が欲しかったのでビリーに治療団に参加するよう申し入れた。ビリーは治療団に参加するに当たり、運動王国で持ったあの疑問をベルンに尋ねた。「運動王国では、治療団がコルテ王に繰り返し、うまくできたときや健康なときの動作を繰り返させるんです。それが頭の中に、書き込まれていつでも上手くできたときの動作が再現できるようになる、と考える。でも状況はいつでも違うし、過去にできたからと言って、過去の動作を再現して毎回成功するんでしょうか?」
 ベルンは答えた。「同じ歩くことでも、環境はどんどん変わり、状況も刻一刻と変わる。それが世界じゃよ。確かに一つの運動課題を繰り返すことは必要じゃ。しかしそれは過去の運動を再現するために一つの運動のやり方を憶えるためではないのじゃよ。一回一回異なった状況の中で、その場に適した新しいより良い解決策を編み出す能力を鍛えるために必要なのじゃ。学習とは過去の再現のためではなく、未来の問題に対処するための準備なのじゃよ」ビリーの気持ちは一気に晴れた。
 ビリーはここまでの旅の途中で、上田法という新しい手技を学んでいた。しかし彼は運動王国の失敗でそこを逃げ出して以来、手技を過大評価しなくなっていた。しかしながら、上田法はしばらく動かなくなって弱ってしまったフレクス家の働きを良くすることに大きな効果を生み出すことを発見する。フレクス家が回復すると少しパワ家の活動範囲が広がり、運動の多様性が増え、状況に応じて少し変化するようになる。ビリーは自分にできることは限られているけれど、共和国チームのみんなのために少し役立つことを実感できた。
 ビリーは忙しく立ち働いた。彼がやるべきことのリストは以下の通りである。
 ①フレクス家を定期的に励ますこと。フレクス家は放っておくとすぐに働きが低下する。これには上田法がとても役に立つ。
 ②フレクス家が元気になると、運動範囲が広がってくる。広がった運動範囲を利用して、より多様な運動課題を考え出すことにした。小さいけれど適度に挑戦的で変化する運動課題の繰り返しは、チームに良い刺激を与え、活動を促し、パワ家やサポ家、センソ家は少しずつ活動できるようになった。
 小さな課題の達成の積み重ねは、成功経験の積み重ねであり、少しずつチームも自信を取り戻してくる。それぞれのメンバーは以前とは少しずつ役割を変え、働く場所やタイミングを変えて、コルテの失われた機能を少しずつカバーするように働くことを憶えていくこともある。
 ③ビリーのもう一つの重要な役割は、失われた環境の民との協定を作り直すことである。また新しい環境の民との協定も必要だった。たとえば杖はそれまで無縁の民だったが、失われたバランスを保つのにとても良い働きをする。装具の民はサポ家により強力な支持を与える。また、壁の民は以前カレンダーを貼るところ、椅子の背もたれも以前は上着を掛けるところだったが、今や立位を支えたり歩くための支持になってくれる。ビリーは新しい環境の民を探し出すだけでなく、また以前の環境の民達と新しい関係を取り結ぶための作業を行った。

 やがて共和国のチームは、ビリーや治療団の助けなしで、色々なことに取り組んでいくようになった。ビリーは彼らとの協同作業をもうしばらく楽しみたかったが、チームはもうビリーがいなくても大丈夫そうだった。
 王国でのビリーの役割は、スパイナと戦いながら、コルテ王を元通りの元気な姿に戻すことだった。だけど自分には無理な仕事、目標だった。しかし共和国での仕事はずっと地味だったが、もっと手応えのある仕事だった。自分にもできる、という小さな自信が生まれた。
 「もちろんまた何か事件があれば駆けつけて助けるよ。だけど今は大丈夫。僕は必要ない」ビリーは運動共和国を旅立つのだった』