CAMRの基礎知識 Part2 「頑丈?頑固?」(西尾幸敏)2014年4月10日-2014年5月2日

 

CAMRの基礎知識 その4 2014/4/10
「変化しやすいが頑丈!」その1

 訓練室で見学などしていると、セラピストが歩行訓練中の患者様に向かって「もっと背中を伸ばして」とか「もっと足を上げて」などと繰り返し指示している光景に出会います。もし繰り返し指示をするだけでそれらの姿勢や運動が持続的に変化するのなら、良いのですがね。実際には指示のたびに一時的に変化してもまたすぐに元の姿勢や運動に戻ってしまいます。
 人の運動や姿勢は金魚鉢の中のビー玉の運動によく似ています。ちょっと揺するとゆらゆらと動きますが、しばらくするとビー玉は元の場所に戻って止まってしまいます。結局外から刺激を入れないとずっと同じ場所にとどまったままです。
 人の姿勢や運動も同じで、ある特定の状況下ではある特定の姿勢や運動を維持しようとします。セラピストが少し指示すると変化しますが、しばらくするとまた元の姿勢や運動に戻ってそれを維持します。このような運動システムの性質を「変化しやすいが頑丈」と表現してみましょう。
 次のような例を考えてみます。
 猫背を気にしている若者がいます。自分では猫背を直してきれいな姿勢でいたいと思っています。そこで自分でも気をつけては姿勢をまっすぐにするのですが、何か活動したり話をしているといつの間にかいつもの猫背の姿勢に戻ってしまいます。この猫背の姿勢が彼にとっては金魚鉢の中のビー玉のように一番安定した「頑丈な」状態なのでしょう。
 そしてもし彼があなたに次のようにお願いしたらどうしますか?
「先生は運動の専門家でしょう?僕はいつも猫背でいるのが悩みなのです。何とか猫背を直したい!どうやったら直るのでしょう?」
 さあ、運動の専門家としてはどのような方略を立てましょう?(「その2」に続く・・・)


CAMRの基礎知識 その5 2014/4/17
「変化しやすいが頑丈!」その2

 前回、人の運動システムの性質として「変化しやすいが頑丈!」とか「金魚鉢の中のビー玉」いうアイデアを用いました。どうも納得いかないと思われた方も多いかも・・・実は19年くらい前にこのアイデアをある雑誌(「養護学校の教育と展望No96」1995)にエッセイとして書いたのですが、未だに僕自身、納得のいかないところもあります。
 たとえば「運動システムの中の何がどう頑丈なのか?」というところをまだ上手く説明できないのです。今回はそのあたりをうまく説明できないかな、と思っています。
 さて、前回の続きです。「どうして猫背になるのか?」と言うことをまず考えてみましょう。
 カニや昆虫などの甲殻類は体の外側に骨を持っています。そこで外骨格系の動物と呼ばれます。体幹や四肢は骨に囲まれて硬いため眠っていても立っているし、あるいは死んでさえ立たせることができます。
 一方人は内骨格系の動物です。たとえば脚は大腿と下腿の骨を膝関節でつなぎ四方から筋肉で支えながら動かす仕組みです。脊椎は全体としては前後左右によくしなる柱です。これまた四方から沢山の筋肉で支え動かします。これは運動のコントロールから見ると、外骨格系の動物に比べて非常に不利な面を持っています。
 たとえば筋肉が働かなければ、体はぐにゃぐにゃになって地面にへばりついて動くこともできなくなります。また脊柱や四肢の状態を常にモニターしながらたくさんの筋群をコントロールしなければなりません。座って食事をしたり、新聞を読んだり、トイレに座っている間も、また立ち話をしたり、歩いたり、買い物をしながら商品の値段を比べている間も、一時も休むことなく体全体を調整し続けるわけです。
 内骨格系の動物は、柔らかな身体を筋肉で支えながら動き、動きながら支えるという一瞬一瞬に変化するコントロールを一時も休むことなく続けている、という点で非常に難しいコントロールが必要なのです。しかしこの難しいコントロールを達成するために、内骨格系動物は巨大で柔軟な神経システムを発達させることができました。
 外骨格系の動物は何もしなくても外骨格で支えるため関節の動きだけを調整すれば良いことになります。結果神経系はそれほど発達する必要もなく反射的で、数少ない運動しかできません。壁にぶつかっても反射的な運動を続けます。
 それに対して内骨格系の動物は、その巨大な神経システムと沢山の筋肉のおかげでしなやかで無限の動きを手に入れたわけです。これによって新奇な状況や困難に対しても、反射的ではなく、多彩でその場限りの新しい運動問題解決の手段を生み出せるようになったわけです。(「その3」に続く・・・今回の内容はBernsteinから。HPにも関連記事があります)文責:西尾幸敏


CAMRの基礎知識 その6 2014/4/19
「変化しやすいが頑丈!」その3

 「その2」では、人の運動システムは内骨格系のため、一瞬一瞬に支持と運動を両立させたり変化させたりしながら課題を達成していることを述べました。
 でも一瞬一瞬、いつもいつも気を抜かずにこんな作業を続けるのは大変です。だからできるだけ楽にしようと手を抜いてきます。楽にできることはできるだけ楽にしようというのも人の運動システムの性質の一つです。つまり大きすぎる可動域はコントロールが大変だから、一つの特定の形、たとえば猫背で体幹を固定しようという方略が出てくるわけです。
 猫背というのは、機能的な体幹姿勢の一つだと思います。たとえばボクシングや卓球などの選手を見ても、自然に猫背になって構える人は多い。前方に焦点を合わせて注意や視覚を集中するために体幹と頭を安定させるには都合の良い姿勢です。僕達の生活動作を考えると、歩き、話をし、食事をし・・と身体の前方に注意を向けて行う活動が当然ながら多いのです。
 また一つの運動課題を達成するのに複数の選択肢がある場合、一番エネルギー消費量の少ない方法が選ばれることが知られています。歩き、食事し、話をする時には、一番消費エネルギーの少ない方法で体幹を固定していると考えられます。
 それらの結果、猫背という体幹の固定方法が自然に選ばれてしまっているのが今回の問題となっているわけです。猫背を改善するのが難しいのは、これらのルールが基本的で強力なため、一旦この状態に入るとなかなか抜け出せないからです。(背の高い女性が自分を小さく見せるために猫背になる、と言う社会的な原因もあるかもしれませんね)
 そしてこの状態は悪循環を描いて更に強力に固定されるようになります。たとえば一旦このやり方を続けると、通常使われる運動範囲は低下し、結果体幹の豊富な可動域も低下してしまいます。猫背自体が余り多くの筋活動を必要としないと思われますので、使われない筋群の筋力も低下します。そうするとますます猫背で過ごすことが自然になり・・・と悪循環を描きます。
 猫背の姿勢を変えたいなら、まず全身の柔軟性を改善し、普段使われなくなっている筋群を活発にすることは一つの基本条件となります。が、同時にその悪循環をどう断ち切っていくかがもう一つのポイントになります。(その4に続く・・・)

おまけ:もちろん猫背自体は機能的な意味があり、エネルギー消費量が少ないと考えられるので価値のある体の使い方と言えます。猫背自体は問題ではありません。しかしいつでもその姿勢しか取れないというのは明らかな問題です。柔軟性を失って状況変化に対応ができなくなります。ボクシング選手なら、防御パターンが少なくなってパンチを受けやすくなるということです。同一姿勢を取り続けるることで、血流や神経の働きに悪影響を与え、痛みや痺れの原因になると言うのも有名です。美人度も下がるらしい(^^;)(そういえば浅野ゆう子はデビュー当時猫背だったのに、いつのまにか姿勢が良くなっていましたね)猫背が悪いのではなく、猫背の姿勢しか取れない、あるいは猫背が圧倒的に多くなることが悪いのです。


CAMRの基礎知識 その7 2014/4/27
「変化しやすいが頑丈!」その4

 「その3」では、猫背の姿勢を変えたいなら、まず全身の柔軟性を改善し、普段使われなくなっている筋群を活発にすることは一つの条件かも・・・そして同時に猫背を維持し続ける悪循環をどう断ち切っていくかがもう一つのポイントになると述べました。
 今回は少しこれらの内容について検討したいと思います。
 まず条件として柔軟性を改善すること。柔軟性は短時間に変化し、直ちに運動変化を起こす運動リソースです。たとえば椅子からの起立ができなかった方が、上田法の体幹法などの実施後、体幹の可動域が改善し重心移動の範囲が広がって立たれるようになったりします。
 ただ柔軟性の改善効果は直ちに出ますがその効果はあまり持続しないことも多い。体幹の支持と運動性は普段の日常生活を送るうちに、いつものところに落ち着いてしまうからです。猫背の方に上田法を実施すると「背筋が伸びた!」とおっしゃり、直後には良い姿勢になられます。しかししばらくするうちにまた元の猫背に戻ってしまいます。まるで揺すられた金魚鉢の中のビー玉が元の場所に戻るように。前回述べたように様々な条件によって、猫背に落ち着いてしまうのです。
 筋力は効果が出るまでに少し時間はかかりますが、柔軟性よりは長く持続するリソースです。もちろん猫背を直すための筋力強化は、臥位ではなく、座位や立位で行うべき・・・というのはこれまで読まれた方なら理解できると思います。
 ただ柔軟性を維持し、筋力を維持しても猫背が持続的に改善するわけではありません。それはスポーツ選手の中にも普段から猫背の人は結構いるからです。柔軟性や筋力と猫背の間には直線的な因果の関係はないのです。
 つまり柔軟性や筋力の改善は、猫背を改善するのに有利な条件に過ぎないということです。猫背の悪循環を維持している主なものは、前回述べたような「体幹固定のための運動スキル」に原因がありますし、システムの頑丈さも実は、数少ない強固な運動スキルに頼らざるを得ないからです。エネルギー効率の良い、効率的な体幹固定法が複数あれば、状況に応じて運動スキルを使い分けて、様々な姿勢が自然にとれます。
 従って猫背の悪循環から抜け出すためには、豊富な運動余力を蓄え、体幹固定のための運動スキルをたくさん獲得して、状況に応じて適切な運動スキルが選べるようにすることが必要です。
 そのために必要なのが・・・というのが次回の話です。あなたならどうしますか?(その5に続く)


CAMRの基礎知識 その8 2014/5/2
「変化しやすいが頑丈!」その5(最終回)

 実は前回の投稿後、胸に詰まったものがあるような感じがしていたのですが、ついに理由がわかりました。実は僕は「頑丈」という言葉とアイデアをひどく混乱させながら使ってきたのでした!
 以下に簡単に説明させていただきます。
 健常者は、砂地であれ暗闇であれ、氷の上や一本橋、崖を登る時であれ歩行の形を変化させながらも何とか歩行という機能を維持していきます。少々の困難さでは歩行という「機能」を失わない、維持することができるという意味でとても「頑丈」なのです。
 一方で重度の脳性麻痺の子供が寝返りにも何かの感情表現にも同じように全身を反らして反応します。また片麻痺の方の患側上肢も様々な状況で同じ屈曲の形を繰り返します。機能を達成しているわけではなく、様々な状況の中で一つの運動の形を繰り返しているのです。機能に関係なく「形」を維持し続けているのです。これをここでは「頑固さ」と呼ぶことにしましょう。
 「頑丈さ」と「頑固さ」は何が違うのか?頑丈さとは豊富な運動余力(豊かな運動リソースとそれを基にした多彩な運動スキル)を背景に、様々な状況変化の中で、課題達成のために形を変化させてでも機能を持続させる力強さのことです。機能を維持し続けるという意味で「頑丈」なのです。
 一方「頑固さ」とは、状況変化があっても他の運動スキルの選択肢がないため、貧弱な運動スキルに頼って同じ運動の形を繰り返してしまう状態のことです。この状態から抜け出せないのは、「貧弱な運動リソース・運動スキル以外に選択肢がない」というのが理由なので、容易には抜け出せないわけです。
 これまで僕はこの「頑丈さ」と「頑固さ」を混同して使ってきています。金魚鉢の中のビー玉も「頑丈さ」ではなく「頑固さ」を表していると言った方が良さそうです。前回の最後には「システムの頑丈さも実は、数少ない強固な運動スキルに頼らざるを得ないからです。」と書いてしまっています。数少ない強固な運動スキルによってシステムは「頑固」になるのです。
 これで20年近く続いていた僕の中のモヤモヤもすっきりしました。めでたし、めでたし・・・僕の中では大満足の結果となったとはいえ、今回のエッセイは他の人から見れば完全に失敗ですね。僕自身、このまま続きを書くのは難しい。猫背を直す方法は、「適切な運動課題を選んで繰り返すこと-実りある繰り返し課題」と言ったテーマの中で改めて書き直したいと思います。という訳で、中途半端ながらこのシリーズはここで終了です。
 皆様の貴重な時間を無駄にしたのではないか、と恐れています。申し訳ありません。深くお詫びいたします。(西尾幸敏)