CAMRの基礎知識 Part3 「実りある繰り返し課題」(西尾幸敏)2014年5月8日-2014年5月30日

 

CAMRの基礎知識 その92014/5/8
「適切な運動課題を選んで繰り返すこと-実りある繰り返し課題」(その1)

 腰痛の患者さんを考えてみよう。これまでのアプローチだと、たとえば腰椎の椎間が狭くなって神経を刺激するために腰痛が起こるなどと仮定する。(要素還元論的なアプローチなどと呼んでいます)そこで徒手で椎間の動きを出し、アライメントを整える(と仮定する)。結果徒手療法直後は痛みがなくなり、「先生、ありがとう。良くなりました」と喜んで帰られる。めでたし、めでたし・・・
 しかし実際には1週間後にまた同じ状態で来られる。「やはり痛くなりました。また先生にすがるしかない」とこの状態を繰り返す。CAMRではこれを「停滞状態」と呼んでいる。一時的な改善はあるが、長い目で見ると全く変化がないからだ。
 一見すると腰椎のアライメントと痛みの間には直線的な因果の関係があるように思えるが、実際にはアライメントは一つの影響要素に過ぎない。つまり徒手療法は一時的な変化を引き起こしているものの、日々の生活を繰り返すと、再びアライメントは元の状態になり痛みも元の状態に戻ってしまう。金魚鉢の中のビー玉のように。
 日常生活の中で繰り返し使われる決まり切った姿勢の取り方(貧弱な運動スキル)は日常生活習慣や身体、活動などの相互作用から頑固に使い続けられ、使われない運動余力を失い、ますます貧弱な運動スキルの悪循環にはまってしまう。
 もちろん1回、あるいは数回の徒手療法で痛みが軽減することも多い。痛みを取って少し動いたらもう痛みは消えて全く再発していません、などという例である。この場合痛みはいつもの運動システムの作動要素ではなく、たまたま現れた他の要素によって偶然生じた場合などである。「たまたま痛みが生じて運動ができない→ますます痛みが強くなる」と悪循環の状態に入っていたものを徒手療法で断ち切った後、この人の日常の運動システムの作動には慢性の痛みを生じさせる要素がない場合などである。徒手療法はこのような場合に劇的に効果がある。
 しかし多くの慢性的な痛みを持つクライエントは、徒手で一時的に状態を変化させた後でも、その痛みが生活の様々な要素の相互作用として再発してくる場合が多い。徒手療法だけでは一時的な痛みの改善はあるものの、日々の生活では元の痛みに戻ってしまうという新たな「停滞」の状態を作ってしまうのである。
 前置きが長くなりましたが(^^;、このような徒手療法で一時的に改善するような痛みや意識して一時的に変化する程度の猫背であれば、適切な運動課題を繰り返すことによって改善させることができます。ただ、「まっすぐな姿勢になって」とか「胸を張って」とか言っても効果がないのはご存じの通り。ではどうするか?(「その2」に続く)


CAMRの基礎知識 その10 2014/5/15
「適切な運動課題を選んで繰り返すこと-実りある繰り返し課題」(その2)

 実は僕は若いときにバイクで事故を起こし、関節内の脛骨骨折などがありました。その結果、40代の半ばから右膝の痛みや腫れ、脱力などを経験していました。それでCAMRの実践はまずこの膝OAに対してのアプローチから始まりました。
 膝OAの痛みは、起立時や歩行開始時、あるいは歩行中ずっと続くことがあります。
 僕自身、いくつかの徒手療法を受けて、膝痛の一時的な改善は経験していました。しかし痛みはまたすぐに戻ってきます。そこで起立や歩行時に痛みの出ない起立方法や歩き方、立位での様々な運動を探してみました。
 これは現在CAMRでは「探索」と呼ばれている過程です。膝OAの課題は「起立・立位での痛みのない運動を探す」と言うことで痛みがない運動を色々条件など変えて探してみるのです。たとえば起立では、座面を押して立ったり、座面の高さを変えることもあります。僕の右膝も歩いているときはずっと痛みがあったのですが、実は接地から重心移動のタイミングを色々変えて見たりすると痛みがない歩き方があることを発見しました。
 多くの人は痛くても、我慢したり杖を使ったりします。もちろん杖を使うのは一つの方法なのですが、杖を使わなくても痛みを起こさない歩き方を試してみようとはしないのが普通でしょう。それまで身につけた歩き方というのは当たり前すぎて、痛みが出たからと言って歩き方を変えて見ようなどとは思わないからでしょう。
 そうして探索した「痛みのない運動」の中から、適当な課題を選んで繰り返しの実施の段階に入ります。「どうやってその繰り返し課題を選ぶか?」については試行錯誤と経験などが必要です。が、現在ではこれまでの経験から「立位での基本課題」や「座位での基本課題」のようなものが決まっています。この課題を条件を変化させながら実施していくことになります。
 これらの基本課題は、繰り返しの回数を増やしたり条件を変えることで、体幹や下肢の支持性や柔軟性、重心移動の運動スキルを改善します。さらに基本課題は、膝OAだけでなく様々な運動障害のある方で、立位や座位での運動パフォーマンスや痛みなどを改善するのに効果があることがわかってきました。そこで特にこれらの基本的な課題群は「実りある繰り返し課題」と名付けられてCAMR実施の基本になっています。(「その3」へ続く)

おまけ 当施設で発見した膝OAに対する効果的な運動課題の一つとしては、任天堂のWiiFitの「コロコロ玉落とし」というゲームがあります。「葵の園・広島空港リハビリ部」のFBページには広島県老健大会で発表した抄録や写真なども紹介していますのでご覧ください。
https://www.facebook.com/aoinosonoreha


CAMRの基礎知識 その11 2014/5/23
「適切な運動課題を選んで繰り返すこと-実りある繰り返し課題」(その3)

 「なんだ、猫背の改善がなかなか出ないではないか!」と怒らないでください。これまでの説明は、猫背を改善するための運動課題にまつわる事情を説明するために必要な前置きだったのです。その理由を以下に説明しますが、ここまで読んでくださった方には、すぐに理解できると思います。
 膝OAのように膝の痛いクライエントに痛くない運動課題を探索して、繰り返し実行してもらうことは比較的容易です。だってそれまで歩くと痛かったのが痛みなしに歩けるようになるので、自然に繰り返してもらえます。また繰り返した結果、痛みのない歩き方の方が自然に選択され身につくようになります。「痛みのない歩行」は運動システムにとって意味や価値のある運動スキルとして選ばれるのが当然です。
 通常運動システムにとって、沢山の選択肢の中からある運動スキルが選ばれる理由は「エネルギー消費率がより低い(効率的)」とか「より安全である」とか「苦痛・痛みが少ない」からでしょう。
 しかし猫背はそうはいきません。猫背自体が体幹を固定し、前方に注意を向けていろいろな作業をするのに適した「より楽な」運動スキルだからです。特に猫背の人は楽だからこの運動スキルを選んでしまったわけです。
 これはフィギュアスケートや体操競技の選手が、試合での得点を挙げるためにわざわざエネルギー効率が悪くても「より美しいが困難」な運動の形を生み出す運動スキルを選択することと同じです。空中で一回転して楽で安全な着地ではなく、わざわざ難しい形を作る運動スキルを優先して滑らかに選択できるように努力する訳です。猫背を改善するとはそういうことです。
 だから猫背の改善には「行為者自身」の「改善したい」という強い意志が必要になります。テレビなどで、猫背を改善する方法を再々紹介していますが、たとえ肩甲帯を柔らかくして体幹の運動をしたところで、普段から意識して、努力して猫背にならない運動スキルを繰り返し、自然に身につくまで多くの努力が必要です。体操やフィギアスケートの選手のように絶え間ない意識した運動課題の繰り返しが必要なのです。
 もちろん体幹の柔軟性や体幹の筋力を改善することは猫背をより楽に改善するために有利に働く条件にはなります。実際柔軟性や筋力などの運動リソースの改善なしに、背中を伸ばす運動課題を繰り返すのはより苦労が多く、長続きしにくくなるでしょう。
 「猫背を改善する魔法の方法」を期待された方にはガッカリだと思います。ごめんなさい。でもフィギュアスケートで「金メダルを取る魔法の方法」がないのと一緒です。
 実はこの猫背の改善も僕自身の経験です。僕自身猫背は直したいと以前より思っていました。そしてよく意識して胸を張ったりしていましたが実際には一時的な変化ばかりで、継続的にはずっと猫背の姿勢を続けてきたわけです。
 今回僕が自分に課した運動課題は次のようなものです。
1.上田体幹法の自己実施(体幹部の柔軟性の改善)
2.座位での両膝挙上運動を様々な状況下で。車を運転しながらのお腹を引っ込めての深い胸式呼吸(特に腹筋群などの強化のため。1と2は運動リソースを豊かにして、運動スキルを多様にする基礎となります)
3.そして様々な場面で「お腹を引っ込めて歩く」という課題を自分で意識して繰り返しました。たとえば「これから階段を降りてトイレに行って帰るまではずっとお腹を引っ込めたまま」と言った具合です。
 今回のテーマでは、人の運動システムの作動のある側面を垣間見ることができました。次回、この運動システムの特徴をまとめてこのシリーズを終えたいと思います。(「その4」に続く・・まだ続くんかい!(^^;))


CAMRの基礎知識 その12 2014/5/30
「適切な運動課題を選んで繰り返すこと-実りある繰り返し課題」(最終回)

   ここまで述べたように、健常者でも難しい体操競技の技を憶えたり、猫背を矯正?するためには、何度も運動課題を繰り返すことが必要だ。ただし「実りある繰り返し課題」の「繰り返し」が何を求めているのかをはっきりさせておきたい。。
 たとえば体操競技の技だと、経済性や安全性を無視して「美しい形」を優先する運動なので、失敗することが当然である。そこで日々、困難な運動課題を達成するべく繰り返し練習することになる。他にバスケットボールでも、NBAのプロの選手がコートに立つまでは100万回以上のフリースローを練習すると言われる。
 この場合よく誤解されるのが、「運動スキルを獲得することに時間がかかってしまう」ということだ。実はそんなことはない。運動スキルを一つ二つ獲得するのは訳がない。もし一つの運動スキル、たとえばバスケットのフリースローという運動スキルを獲得するために何万回もの練習が必要だとすれば、人の脳はとんでもなく低性能のコンピュータと言うことになってしまう。
 ではなぜそんなに繰り返しが必要なのか?それは人の運動システムの根本的な性質による。つまり元々人の運動システムは自由度が非常に高く、コントロールが難しい。加えて筋肉は柔軟で状況変化に応じて一定の作動をしないなどである。このため一つの運動スキルは、状況に応じて無限の運動結果を生じてしまう。
 また豊富な運動余力のため一つの運動結果を出すために無限のやり方が存在する。同レベルの選択肢が沢山あるので、どのやり方が選ばれるかはその時の状況によって左右されてしまう。
 実際に難しいのは運動スキルを獲得することではない。刻々と変化する状況の中で、同じ運動結果を生み出すために、沢山の選択肢の中からどのスキルを選び、選んだスキルで望み通りの結果を生み出すためにどんな調整を行うのか・・・を身につけるために沢山の繰り返し練習が必要なのである。刻一刻異なる状況の中で、常に同じ結果を生み出すことが難しいのだ。
 僕の猫背は様々な状況の中で、その機能を保ちつつ修正されてきた。しかし未だに訓練で探索課題に入ったりすると、いつの間にか猫背になってしまう。その方が良く集中できる。ボクシングでその人独自の構えを取るのと同じなのだろう。
 もちろん状況に応じて形を変えてでも機能を保つのが人の運動システムの特徴なので、状況に応じて姿勢を変えることは不思議でも何でもないのです・・・うーん、結論が今ひとつである(^^;でもおしまい。