医療的リハビリテーションで使われる二つの理論的枠組みの違い-二つの異なる理論的枠組みから見る上田法(その1)

医療的リハビリテーションで使われる二つの理論的枠組みの違い
   -2つの異なる理論的枠組みから見る上田法 -
葵の園・広島空港 理学療法士 西尾幸敏
(上田法治療ジャーナル, Vol.24 No.1, p3-35, 2013) ”
 久しぶりの投稿です。今回は昨年4月発行の上田法会誌より。もう1年以上前のアイデアでやや古くなっていますが、CAMRの基本的な枠組みの考え方はよく分かると思います。
 
 それでは、始めます。  

医療的リハビリテーションで使われる二つの理論的枠組みの違い
   -2つの異なる理論的枠組みから見る上田法 -その1
葵の園・広島空港 西尾幸敏

謝辞
 ここで紹介する「医療的リハビリテーションのための状況的アプローチ(Contextual Approach for Medical Rehabilitation(CAMR)」の原型となったのは「柔軟性戦略」というアイデアである。これはシステム論を枠組みとした上田法講習会のための教科書作りを目的に、故上田正先生と僕が10年以上前におよそ3年間にわたる議論を経て形作ったアイデアである。
 詳しく述べると長くなるが、実は2人ともアメリカで生まれたシステム理論を基にした課題主導型アプローチなどには不満を持っていた。そこでなんとか日本生まれのシステム論的アプローチを作ろう、ということでもあった。
 鳥取の学術集会の後、その晩の宿泊先のある蒜山高原に上田先生を送っていった。その時上田先生はそれまでの3年間の議論を踏まえて以下のような課題を出された。
 それは、上田法の教科書として「システム論とは何か?システム論で捉えた上田法の意味とは?という疑問に対して、大抵の人が読んで理解できる原稿を書け」というものだった。それには「西尾なりの答え」があること。そしてでき次第「見せてくれ」といわれた。
 僕は気負って書き始めたものの、この課題は当時の僕にはかなり難しかった。またその頃から何年にもわたる母の認知症の介護も始まり、結局一度も原稿にすることができなかった。
 ここ数年CAMRについては何本か書いてきたが、当時の「柔軟性戦略」のアイデアを一通り見直して、漸く先生の課題に答えるべく挑戦してみた。内容的にはまだまだ不十分かもしれない。
 結局上田先生に原稿を読んでいただくという約束は果たせぬままになってしまった。ともかく上田先生には沢山の貴重な指導をしていただいたお礼を最初に述べておきたい。

1.はじめに
 医学に限らず、多くの領域で使われる科学的な枠組みは還元論である。還元論は、複雑な現象の原因をできるだけ基本的な要素に還元して説明しようとする。たとえば真冬に高熱を発し、四肢疼痛・頭痛・全身倦怠・食欲不振などの症状が見られる。そこでインフルエンザウィルスを原因として疑い、その検査を行う。そして「ほーら、インフルエンザウィルスが発見された!」となると、これらの症状群は、インフルエンザウィルスの生体内での活動に還元される。そして抗ウイルス薬が投与される。
 こうした事情はリハビリでも一緒である。脳性運動障害では随意運動が弱まり、一つの姿勢が固定的となって、その姿勢から動き出せなくなったりする。ちょっと調べると部分的に過緊張や低緊張の状態が混在し、原始反射の出現なども見られる。
 ならば「固定された姿勢」や「動けない」といった現象は、過緊張、原始反射などの出現といったより基本的な要素に還元して説明される。結果、原始反射や過緊張を抑制するといったアプローチが生まれる。
 上田法は、もともとこの還元論の枠組みで説明されてきた。過緊張を抑えると随意運動が出やすくなる、あるいは本来持っている運動能力が出やすくなる、と仮定している。脳性運動障害の症状のいくつかは、過緊張の存在に還元されているわけだ。(図1)

図1 上田法の講習会で紹介される図。痙性(あるいは過緊張)が赤ちゃんの動きを抑え込んでいることが示される。そして上田法で過緊張状態を落とすことで動きが生まれることを示している。(鎖の鍵にはSPASTICITY(痙性)とある。痙性は生理学的には『伸張反射の亢進症状を伴う他動的伸張に対する抵抗』と定義されている。しかしこの当時、臨床では脳性運動障害に見られる筋の過緊張状態全般を原因に関わらず単に「痙性」と呼んでいた)

 一方で上田法を提唱した上田正は、人の運動変化はシステム論で説明するべきとも提案している。還元論を基にした階層型や反射型の運動コントロール論では、人の運動発達や一瞬一瞬の運動変化、運動学習は上手く説明できない。システム論がより腑に落ちる説明をしてくれる、と。
 しかし上田は、上田法実施の過程と効果について改めてシステム論的な説明は行っていない。

 注1この結果、講習会では「上田法は脳性運動障害の原因である過緊張を抑えることで、本来持っている運動の力を引き出す」という還元論的な説明がなされる一方、人の運動変化はシステム論での理解が求められる。

 受講者に取ってみると、上田法の効果は還元論で、運動変化はシステム論で理解するべし、と言われる。しかしどちらかというと多くの人が還元論的な理解の方に馴染んでいるので、「運動変化理解のためのシステム論」の方がどこか宙に浮いた感じで収まりが悪い。
 実際僕達は還元論をはじめとして従来型アプローチの枠組みにあまりにも馴染んでいるために、システム論の枠組みをなかなか理解できない。たとえばシステム論を基にした医療的リハビリテーションのための状況的アプローチ(以下CAMRと略す)で用いる訓練課題や訓練方法、訓練実施時の基準などを見て、従来型アプローチとの類似性や共通点ばかりに注意が向いてしまう。結果、従来型アプローチとCAMRはよく似ているとか、従来型アプローチの枠組みから、それらを解釈しなおしてしまう。
 たとえ見た目に共通点があっても、その根本となる枠組みの違いによって実は共通点とみられるそれらのアイデアや技術などの意味や位置づけも随分異なっている。見た目の共通点を探すのはたやすいが、根本的な枠組みの違いを理解するのは難しい。
 このエッセイでは、脳性運動障害に対する従来型のリハビリアプローチの枠組みとシステム論を基にしたCAMRの両方の枠組を比べて、その違いを明確にしておきたい。そして両方の理論的枠組みの中で、上田法の位置づけを改めて考えてみよう。

注1 上田はCarmic(1993)の下腿三頭筋に対する通電刺激の効果やTaub(1996)のCI療法についてはシステム論的な解釈を行っているが1,2)、上田法そのものに対するまとまったシステム論の説明はしていない。筆者との共同執筆が一つ3)あるだけだ。
「その2」に続く

図1