状況的アプローチ - 上田法技術を活かすための枠組み(その7)

”状況的アプローチ - 上田法技術を活かすための枠組み(上田法治療ジャーナル, Vol.22 No.2, p59-88, 2011) ”  今回は「症例1」を載せています。
 残念ながら利用者さんの写真は了解を得るチャンスがなく、省略してあります。

 

《症例1》 
① クライエントの紹介:脳卒中後軽度片麻痺の81歳女性
脳梗塞発症後1年7ヶ月になる右片麻痺の女性。麻痺の程度は上下肢共にブルンストロームで5。一本杖での歩行は10メートル50秒前後で、患側下肢の立脚時毎に軽い反張膝が見られる。不安定さのため、常に見守りを必要とした。歩行は訓練時のみセラピストの付添で行っていた。家庭内では手すりを利用した短い距離の移動以外は車椅子中心の生活だった。ここ1年は病院で週3回程度リハビリを受けていた。
今回筆者の勤務するデイケアでリハビリを受けることになった。最初の4週間は40分、その後は20分の個別リハを週2回受けることになった。
② 決するべき問題の明確化
 麻痺の程度の割に歩行の実用性が低い。クライエントからも「もっと歩けるようになりたい」と言われる。前の病院でも「歩きたい」と言ったがセラピストから「歩いているじゃないですか」と言われそれ以上のことはしてもらえなかった、と不満を言われる。
 前の病院のセラピストは「動作」として「歩く」ということに目が向いていたらしい。クライエントの意を汲んで、「手段としての歩行の実用性を上げる」ということを目標とした。
③ ソースの検討と最初の運動課題の設定
 ここ1年病院で受けていた訓練は、セラピストが一緒に歩いては時々に「もう少し脚を大きく出して」などの指示を出すこと。もう一つは臥位や座位で指示に従って脚や手を動かしていたとのこと。クライエントに聞くと1年間ほとんど変化はなかったが、病院のリハビリを受けないと歩けなくなるという不安があったとのこと。
 リソースの検討では、膝支持が関節の構築性のみを主として行われていること。(反張膝という貧弱なリソースの運動)まず膝の支持性を半伸展位で作っていくこと。また全身の柔軟性、筋力、持久力は改善の余地が十分にあると考えた。柔軟性は上田体幹法と患側下肢に下肢法を実施し、約3週間で実施前後の変化が見られなくなり終了した。 
筋力・持久力はそれらを使った運動スキルも同時に身につけたかったので最初から立位で行う3種の筋トレと板跨ぎ課題2種類(いずれも体重を両脚・片脚で支持しながら様々な方向へ重心移動を行う課題写真1,2,3))を用いることにした。特に板跨ぎ課題は、膝が自然に半伸展位にならないと前後左右への重心移動が行えないので、反張膝にはよく使う課題である。

写真1 写真は膝を高く交互に挙げる課題。他に 股関節を交互に外転したり、両脚でつま先立ちをしたりする。
写真2 片足を板の上に置き、反対の下肢で(板を踏まないように)跨いで戻る運動。患側足を置く時には患側下肢の支持性強化に、健側足を置くと患側下肢を振り出すためのスキル練習になる。※下に掲載

 結果徐々に立脚時の反張膝は見られなくなり、8週目には完全に膝半伸展位での歩行になり反張膝は全く見られなくなった。
歩行速度も最初の50秒前後から8週目には30秒前後に改善している。(図4)またこの頃よりデイケアでの屋内歩行を積極的にされるようになり、家庭内でも家族の見守りで歩かれるようになられた。
④状況変化を受けて新しい運動課題の再設定
 クライエントより外を歩きたいという申し出があった。元々家の近くの手打ち蕎麦屋を地域の事業として立ち上げたメンバーの1人で、またそこに独りで歩いて行きたい、という希望を新たに口にされるようになった。自宅は山間部にあり、自宅とそば屋との間は約400メートルだが、急な上り下りの坂道が何箇所もある。
 これを受けて、他の訓練を止めてより実用的な屋外歩行練習に訓練時間を充てることにした。反張膝がある頃には、緩い下り坂でも前に突っ込みそうで怖くて歩けなかったとのことだが、反張膝が消えてからは下りスロープや少しの段差でも歩ける自信がついたとのこと。
 9週目より施設回りのアスファルト道や坂道、歩道の段差などを使った移動に加え背中や肩に0.5~1キロ程度の荷物を持ったり、杖を持たなかったりと状況を変化させる多様な状況下での屋外歩行練習というメニューを組み実施した。
 結果18週目には独りで家の周りを歩かれるようになった。坂道を含んだアスファルト道を独りで300メートル往復されたりしている。この原稿を書いた時点では寒くなっているので止めておられるが、春になったら念願のそば屋さんに行くという目標を立てておられる。
図4 10メートル歩行の歩数と時間の変化※下に掲載

 このクライエントの場合、麻痺の程度は軽く、身体のリソース改善で目標が達成できそうなため、環境のリソースにアプローチすることはなかった。
 訓練の開始より、健常者の歩行を指導するといった階層型のアプローチは全く行っていない。たとえば反張膝に対して「膝を軽く曲げて歩きましょう」と言った指導も行っていない。(今ではこれはいった方が良いと思っている)身体の柔軟性改善と立位での運動課題の質と量を増やしていっただけである。
つまりリソースが変化してくると、手持ちのリソースの中から生まれる一番良い運動方略が自然に変化していることになる。僕達の施設ではこのような反張膝の自然の改善を何度も経験している。