「Camrer(カムラー)第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」

 

2018年9月25日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その1)
 僕の名前は次郎。介護老人保健施設、いわゆる老健の金原園で働く理学療法士です。金原園で働き始めて4年になります。
 少し老健施設について説明しておきましょう。通常具合が悪くなると近くのお医者さんのところに行ったりしますよね。そこで脳卒中の発作などと診断されると近くの急性期病院に運ばれます。そこで治療を行った後で、リハビリ目的で回復期病院に送られます。回復期病院では集中的なリハビリを受けて自宅復帰を目指すわけです。
 でも一定期間回復期でリハビリを受けたにもかかわらず自宅復帰がかなわない場合は、更にリハビリを続けて在宅復帰を目指すための最後の施設が老健なのです。(まあ、建前ですね。実際には老人の長期収容施設になっているところも多々あります)
 まあ、在宅復帰を目指す方にとっては最後の砦でもあるわけです。ただ回復期病院で集中的にリハビリを受けても在宅復帰できなかった訳ですから、それなりの理由があります。大雑把に言ってしまえば、在宅での生活が困難な身体・行動・環境レベルにあるということです。まあ身体が不自由だったり、認知症があったり、家庭環境や家族状況のそれぞれの問題が複雑に絡み合って在宅復帰が困難になるのです。
 この物語はそんな老健を舞台に繰り広げられるヒューマン・ストーリーになる予定です(^^;)(その2に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリのコミュ力 #リハビリ

 

 

2018年10月2日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その2)
 進さん(仮名)は70代の男性で、脳卒中後遺症、右片麻痺の診断で急性期病院から回復期病院へ行き6週間過ごされ、今回当老健施設に来られました。
 回復期病院のリハビリ室からは以下のような報告書をもらっています。
「入院時は見守りでの起座・端座位レベル。入院後すぐに感染症などによる発熱や体調不良があり、約2週間はベッドサイドのみで可動域訓練だけを実施しました。
 3週目より訓練室でのリハ開始。体力・筋力とも低下している状態で介助での寝返り、起座、端座位保持などで体を慣らしました。
 4週目からは起立練習を始めましたが、患側上下肢の屈曲共同運動が強く出現し、健側下肢だけで立とうとされるため、ほぼ全介助です。また起立・立位保持に対する抵抗が強く、なかなか立とうとされません。病棟では二人がかりで車椅子の移乗などを行っている状態です。
 また強い屈曲共同運動の他に、体幹や患側上下肢には部分的に強い過緊張があり、右足部の強い内反尖足や右手指の強い握りが見られます。
 本人も嫌がって立とうとされない状態でしたが、立位でしっかりと体をまっすぐに介助することで最近は立位訓練時の屈曲共同運動は少し弱まってはいます。しかし未だに立位時は患側下肢は持ち上がったまま、接地されることはありません。結局、強い屈曲共同運動と過緊張の抑制が難しく、なかなか機能的な改善が進んでいない状態です。
 知的・コミュニケーション他の高次脳機能障害はあっても軽度と思われます。訓練意欲もあり、訓練には協力的です。
 家庭状況は平日妻との二人暮らしのため、せめて一人でベッド-車椅子間の移乗ができないと在宅は難しいという話になっています。(その3に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリのコミュ力 #リハビリ

 

 

2018年10月9日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その3)
 僕(次郎)が進さんの担当をすることになりました。報告書を読んだ後、居室を尋ねます。
 達之介さんも一緒です。達之介さんは還暦過ぎのベテラン理学療法士です。以前は他の老健施設などで働いておられました。そこを退職後、1ヶ月前から金原園に若手の教育係を兼ねてパートの職員として勤めています。
 達之介さんと二人、簡単に自己紹介をすませ、問診に移ります。指導役の達之介さんは後ろで黙ってみていますが、どうにも居心地が悪いです。
 進さんは質問にもしっかり答えられ、内容もちゃんと質問に沿って適切に行われます。問診の内容を簡単にまとめると「家に帰りたい。立って歩くことができなくなった。立つのは怖い。誰かに支えてもらう必要がある。動くのはしんどい。痛いところはない」といったところです。「家に帰るためにはどうしたら良いか?」と聞くと「わからん。元通りになる」と答えられます。
 寝返り、起座、端座位までを介助にて行います。前の病院での練習の成果でしょう、手順もわかっておられ比較的軽介助にて端座位になられます。
 しかし車椅子に移乗するために起立を介助しようとすると強い抵抗が見られます。お尻を後ろに引かれます。立つのが怖い様子。「大丈夫!こけることはありませんよ、僕に任して」などといって介助して起立しようとしますが、体を硬くして重心を後ろに引いたままです。
 そこで水平面で前方へ思い切って重心移動の介助をして立っていただくと、健側下肢を中心に立たれます。急に介助が楽になります。この状態では体重はご自身の下肢で支えておられるため、上下方向の介助は必要なく、患側へ倒れないよう水平方向で立位を維持するための軽い介助だけが必要です。
 ところが見る間に患側下肢が屈曲して床から離れていきます。そして見事に健側の一本足で立たれてしまいます。「あ、『屈曲共同運動が強い』とはこのことなんだな」と改めて思いました。
 その後またベッドに座っていただきます。
「どうもありがとうございます。怖いのによくやってくださいました。お上手にやっておられますよ。今日はざっと様子を見せて頂きました。明日から本格的に訓練を始めますね。よろしくお願いします」
 進さんも笑顔で頭を下げられる。僕と達之介さんは揃って部屋を出ました。(その4に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリのコミュ力 #リハビリ

 

2018年10月18日

第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その4)
達之介「さあ次郎ちゃん、どう思った?」
僕「前の病院からの報告書に書いてあった『強い屈筋共同運動がある』っていうのがわかりました。立つと同時に患側の上下肢が共に強く屈曲していましたね。あそこまで強いの初めて見ましたよ」
達之介「ではどうしてああなるのかしら?」
僕「進さんは右側に麻痺が出ておられます。脳障害の結果として、右側には麻痺による筋力低下、随意運動の消失などの陰性徴候と屈曲共同運動や過緊張のような陽性徴候が見られます(エッヘン!)」
達之介「あら!偉そうに!ジロちゃんは優等生だったのかしら?ではついでに屈筋共同運動や過緊張はどうしてでてくると説明されてるかしら?」
僕「上位の神経、たとえば錘体路からの抑制性の命令が失われるせいで、下位神経系メカニズムの原始的で定型的ななパターンが出現すると言われてます(エッヘン!)」
達之介「もう、いちいち答える度に胸を張ってドヤ顔しないでちょうだい!ふふふ、なるほど、よく憶えてるわね、優等生さん。でも錘体路からの命令って促通性よ」
僕「ええっ!僕の記憶違いですか?」脇の下に冷や汗が滲む。
達之介「ううん、記憶違いじゃなくて間違った知識が常識になっちゃったのよ。まあ、そこは後で教えてあげる。では、それで出現したその屈曲共同運動は患者さんやあなたにとってどんな意味があるの?」
僕「えっとー・・・」達之介さんのおかげで大きく動揺します。首や腋が急に窮屈になってきました。
僕「ええと、患者さんにとっては屈曲した脚が体を支えてくれないので、立つことが難しくなるし、歩けなくなります。ほら!だから・・・・僕たちセラピストは屈曲共同運動を抑制する必要があります!」
達之介「ほほう!?大きく出たわね。でも、自信も無くなってきたみたいよ、ふふふ。では、次の質問!どうやって屈曲共同運動を抑制するの?」(その5に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版) 

 

2018年10月25日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その5)
僕「どうやって屈曲共同運動を抑制するか、ですか?・・・・・えっとー・・・・、陽性徴候は健常者では見られないのでセラピストによって抑制して、陰性徴候はやはりセラピストによって促通するのだったような・・・・合ってます?」
達之介「うん、そうよね。健常者に見られない陽性徴候は抑制、健常者で見られるはずの陰性徴候は促通よね・・・便利な言葉だけど抑制と促通ってどうやると思う?」
僕「さあ、正直なところ見当がつきません。そんなことってできるのかなって思ったりしました。促通っていう言葉でさらっと言っちゃうけど、それって麻痺を回復させるみたいなことですよね?正常要素を促通するですから・・・それにさっき見た屈曲共同運動を抑制するって、セラピストの手足であの形が出ないように抑えつけるくらいしか思いつきません」
達之介「フフフ、実はそんなところよ。以前は、なぜか『陽性徴候は健常な運動の出現を妨げる』みたいなことを言う人までいたものよ。だからセラピストの手足で屈曲共同運動を押さえつけて、健常な運動の形をセラピストの手で作り出しておくと自然に抑えられていた健常な要素が出てくるなんていってた時期もあるのよ。あるいは健常の形の姿勢を無理矢理でもとらせるとその正しい姿勢の状態が感覚入力として脳に伝えられて、その姿勢が自然にとれるようになる、なんてね。
 早い話、脳の細胞が壊れた、でも細胞の再生はできないから、他の使われていない脳細胞で再学習して失われた機能を再生できないか、なんて考えられたみたい。どう思う?」
僕「ああ、姿勢や運動の形を経験するとそれが学習されるわけですね・・・・でもそれは自然の姿勢の感覚入力ではなくて、セラピストに無理矢理姿勢をかためられている感覚入力の学習ですよね。人から強制的にされた感覚入力と自分で自発的にとっている感覚入力ってきっと違いますよね」
達之介「フフフ、まあそういうことよね。まあ、他にもいろいろあるし、逆に良い点もあったんだけど、それはまた今度の話。今回はもっと違った視点で話しましょう。脳卒中後のリハビリには他の考え方もあるのよね。どんな考え方だと思う?」
僕「えーとっ・・・それは学校で習ったような・・・・」(その6に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版) 

 

2018年10月30日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その6)
僕「学校で習ったのは残存した能力をより強化しようみたいな方法でした。健側を強化したり健側だけで様々な課題ができるように練習したり、工夫したりします。こちらの方が実際的だって習いました。麻痺は治るわけではないからと言われました」
達之介「ふむ、そうね。麻痺を治すという考え方は日本に入ってもう50年以上になるけれど、実際にそれで麻痺が治ったという例は一つの報告もないからね・・・・他には聞いていない?」
僕「ええ、この二つだけです。卒業後どこに行ってもこの二つの考え方しか出会っていないように思います。中には『麻痺を治すための新しいアプローチ』などと言っているものにも出会いましたが、やっていることは『できる事をできるだけ繰り返して洗練する』みたいな感じだと思いました。学校で習ったやり方と変わらないように思いました」
達之介「なるほど・・・・では一度まとめておくわね。感覚を学習して脳の機能を再生しようという最初の考え方は仮に『原因解決アプローチ』としておきましょう。麻痺が出た原因は脳の細胞が壊れたのが原因だから、他の細胞群などで運動のコントロールを学習してもらって壊れた細胞の機能を再生しようというわけ。原因にアプローチしているのね」
僕「なるほど。はっきり言わなくてもできるだけ麻痺を治そうとしてるんですね」
達之介「2番目の残存した能力をより強化する考え方は、『対症療法的アプローチ』と言っても良いかも。できる事を探してより強化・熟練してもらうと今より良い状態になるじゃない?原因である脳の機能再建、つまり麻痺を回復させるのは難しいから、原因は放っておいて今できることだけをやって少しでも状態を良くしようという訳よ」
僕「なるほど。対症療法的ですか?確かに麻痺は治せないからこちらの方がより現実的に思われます。現場の多くがこのやり方を採用している理由がとても納得できます」
達之介「ただ、もう一つのアプローチもあるのよ。それは状況変化アプローチといって、対症療法的アプローチによく似ているけれど、違うところもあるのよ」(その7に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版) 

 

2018年11月6日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その7)
僕「状況変化アプローチ?」
達之介「それはね、システム論の視点から運動システムの性質をみて、その性質を基にして運動変化を起こそうとするアプローチのことよ。アメリカでは『課題主導型アプローチ』などとして知られてるわよ。」
僕「へえー、第三の選択肢って感じでカッコいいですね。で、その課題主導型アプローチとか基になっているシステム論ってなんですか?」
達之介「システム論っていうのは世の中のいろいろな現象を説明する立場の一つと思ったら良いのよ。たとえば今の世の中、テレビで事件や事故が起こると必ずアナウンサーが専門家に聞くじゃない?」
僕「『先生、今回の事故の原因はなんでしょうか?』ですよね」
達之介「そう、つまり世の中の現象を説明するためにはその原因を探して因果の関係の説明をするという立場があるのよ。これは要素還元論と呼ばれる立場よ」
僕「あ、学校や実習地でも確かに『歩けなくなったらその原因を探せ』と言われていました」
達之介「そうなのよ。何か問題が起こると、まずその現象に関係する様々な構成要素に分けていくの。歩けないなら、運動に関係する『筋力、可動域、感覚、麻痺、体力、意欲など』の要素に分けて、それらのどの要素に問題があるかを調べるでしょう。MMTとか可動域テストとかよね。そして下肢筋力に低下があると、『下肢筋力に低下があるから歩けなくなった』と因果の関係で説明するのよね。
 ただ原因がわかったからと言って全て解決できるわけじゃないでしょう?脳卒中の場合の原因は脳の細胞が壊れることによる麻痺だけど、壊れた脳細胞が再生できるわけでも麻痺が治せるわけでもない。原因がわかっても解決不可能のこともあるし、そもそも複雑な現象では原因自体がわからないこともあるのよね。
 そんな場合には、一般的に先ほど言った『対症療法的アプローチ』をすることになるの。下肢が切断されたら、義肢を使うみたいなことよね。脳卒中の場合はできる事を見つけてそれをより洗練するとかの考え方よ」
僕「なるほど・・・学校で習う二つのやり方は、基本『原因解決アプローチ』だけどそれがだめな場合は『対症療法的アプローチ』になるから、この二つを習うんですね。では、その第三の解決法はどんなものなんですか?」(その8に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)#


2018年11月13日


Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その8)
達之介「要素還元論の立場が原因となる要素を探すのに対して、システム論の立場はそもそも一つの要素が原因になるなんて単純なことはあまりないと考えているの。たとえばインフルエンザの原因はウイルスよね。だから原因はウイルスとはっきり言える。だけど、ウイルスが感染したからと言って必ず発病するわけじゃないよね。ウイルスに対する抗体だとかストレスだとか栄養・疲労状態なんかも関係してくる。だから実際には様々な要素の相互作用の関係があって、その状態によって発病したりしなかったりするわけじゃない?
 だから特定の要素じゃなくて、要素間の関係性で考えてみようというのが基本的なシステム論の立場なのよ」
僕「でも特定の要素の振る舞いなら理解しやすいし、ROMテストのように表現しやすいけど、関係性って・・・目に見えないものだし、どう考えたら良いんだかって思っちゃいますけど」
達之介「ふふふ、なかなかジロちゃん鋭いわね。そうなの、システム論を使いこなすには少しコツがいるのよ。たとえばこんなふうに考えてみると良いわ。人の運動システムは様々な要素の相互作用として作動するシステムよ。つまり人の運動システムは色々な要素が影響し合って1つのシステムとして作動するし、一方でその作動はシステム自体を維持しようとするのよね。システムが作動するにつれて基の構成が失われ、変化してしまうなら本来のシステム自体が維持できないからね。つまりそのシステムの中で生じる様々な構成要素の相互作用は結果的にシステム自体を成立させ、システムの目的を果たして、更に維持させるような作動でないとダメでしょう?わかった?」
僕「うーん、よくわかりません!」
達之介「ふふふ、正直ね。ではこんな説明はどう?人の運動システムには様々な要素同志が様々な状況で相互作用して様々な関係性が生まれているけれど、その関係性はシステム自体を成立させ、システムの目的を果たし、維持させるような相互作用として成り立っているの。つまりこれらの相互作用の関係性は、システムの作動を決定する独自のルールに見えるわ。つまりシステムの作動のルールよ。結局システム内の関係性やシステムの作動はその独自のルールとして理解することができるの。
 もう一度言うわね。システム内に生まれている要素間の関係性は、システムを成立させ、目的を果たし、システムを維持するような作動を促す関係性よ。結局その関係性にそってシステムは作動する。だからそれらの関係性は外から見るとシステムを作動させる基本的なルールに見えるのよ。どう?わかった?」
僕「うーん・・・・?」
達之介「まあいいわ。ここからは具体的にそのルールを挙げて考えてみるわね。そうするとより実感できると思うわ。たとえば以下の4つの作動のルールがあるのよ・・・・(その9に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)


 

2018年11月20日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その9)
達之介「では具体的なルールを説明するわね。まず一つ目は・・・」
僕「待ってください。もう一度はっきりさせておきたいんです。今説明されているのはこういうことですよね。要素還元論では筋力や柔軟性などの要素の状態で運動システムの振る舞いを説明する、ですよね?」
達之介「あら!うん、良いわよ!」
僕「でもシステム論では要素間の関係を表すルールによって運動システムの振る舞いを説明する、ですよね?」
達之介「あら、とても良いわ、ジロちゃん、なかなかお利口ね!では続けるわよ!
 まず、運動システムは次のようなルールで作動しているのよ!
 ①運動システムは常に人にとって必要な課題を達成しようとする
 これはよくわかるでしょう?人の運動システムは常に必要な課題、食べたり、危険を避けたり、休んだりしようとしているわよね。次は・・・
 ②課題達成に問題が発生すると、すぐに問題解決を図ろうとする
 たとえば腰痛が発生すると動こうとすると痛いわよね。そこで身体を硬くして一つの塊にして腰痛の発生を抑えようとするでしょう?あるいは片脚に荷重時痛が出れば、痛みが出ないように最小限の荷重にしたり、ケンケンで脚を使わないようにしたりするわよね。そうやって問題解決しながら移動という課題を達成しようとするのよ。このような問題解決は、意識とは関係なく自動的にやっちゃうでしょう?次は・・・
 ③課題達成や問題解決に役立ちそうなリソースを常に探していて、試行錯誤してなんとかそのリソースを課題達成に利用するためのスキルを見つけようとする
 リソースとは資源のことよね。利用できそうなものは何でも使ってみようとするし、いつもそのための試行錯誤をしてるのよ。次は・・・
 ④上手くいったスキルを繰り返し、熟練・自動化する
 これもわかるでしょう?上手くいった方法を自動的に繰り返しちゃう。
 さて、今回大事なのは②の問題解決を図ろうとするところなのよ。
 学校で習った脳卒中の知識では、脳細胞が壊れた後の様々な現象は全て症状として考えられがちでしょう?でも人の運動システムはそんなわけないのよ。必ず問題解決を図ろうとするの。つまり進さんに見られる現象のいくらかは症状で、残りはその症状のために問題解決を図っているかもしれないのよ」
僕「つまり・・・進さんの・・・たとえば・・・もしかしてあの屈曲共同運動とかは症状じゃなくて運動システムの問題解決の可能性があると?でも、そんなことって・・・」
達之介「フフフ、その通り!ジロちゃん、凄いわ!よくそれを思いついたわね。たとえば、・・・」(その10に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)


 

2018年11月27日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その10)
達之介「たとえば脳卒中後の症状として、陰性徴候と陽性徴候というのを習ったでしょう?陰性徴候は健常者に普通見られる能力が消えてしまうことで、筋力低下や姿勢反応の消失なんかよ。逆に陽性徴候は健常者では普通に見られないもので、過緊張や原始反射の出現、進さんの屈曲共同運動なんかもそうよね。
 学校ではどちらも脳卒中後の症状として習ったと思うよ。でもシステム論を基にしたCAMR(カムル)、これはね、医療的リハビリテーションのための状況的アプローチContextual Approach for Medical Rehabilitationの頭文字をとってCAMRと呼ぶのよ。CAMRでは、陰性徴候が本来の症状で、陽性徴候は陰性徴候によって動けなくなる問題を解決するための問題解決だと見るのよ」
僕「でも、どうして過緊張や原始反射や共同運動の出現が問題解決になるんですか?どれも健常な運動を邪魔してるんじゃないですか?!おかしいですよ!!」
達之介「わかる、わかる!いい、落ち着いて、次郎ちゃん!しっかり聞いてちょうだい!まずこんな想像をして欲しいの。ポテチの袋くらいの大きさの柔らかいビニール袋に水を半分入れて口を閉じたら、テーブルの上に置いてみるの。それを想像して!」
 余りの意外な提案に驚きましたが、達之介さんの真剣な表情に思わず引き込まれて
想像してみました。
僕「えーと、袋は揺れながらべちゃっと広がると思います」
達之介「そうなのよ。水の入った袋は重力によって安定するまでべちゃっと広がるでしょう?そして片麻痺の発症直後の麻痺の身体ってそんな感じなのよ。麻痺によって弛緩した身体って可動性のある骨格が水の袋の中に入っているようなものなの。重力に押しつけられて安定するまで広がるのよ。だから発症直後の患者さんの中にはベッドの真ん中に寝ているのに、『落ちる!落ちる!助けて!』なんて騒いでいる人がいるのよ。無理もないわ。麻痺側の身体は安定するまで広がろうとするから、患側へずっと引っ張られるように感じるのよね」
僕「ああ、なるほど・・・・それで?」
達之介「それでね、そんな弛緩した身体が半身についていたら、動けると思う?」
僕「ああ!少しわかってきました!それでは動けないから、身体を硬くしなくちゃいけないんだ!」
達之介「その通り!硬くて一つの塊になれば、健側で引きずってでも動きやすくなるでしょう?それがね・・・・」(その11に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)


 

2018年12月4日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その11)
達之介「それがね、CAMRでは『外骨格系スキル』と呼ばれる解決方法なの。外骨格系と言われる動物がいてね。というのはね、骨格を持つ動物は進化の過程で2種類に分かれたのよ。一つは昆虫やカニさんのような甲殻類で、外骨格といって身体の外側に骨格を持ってるの。一方で人のような脊椎動物は内骨格といって身体の内側に骨格を持っているの。内骨格の動物は常に筋群を活動させていないと姿勢も保持できない。だから麻痺のある方が外骨格系の動物のように身体を硬くして支持性や安定性を得る問題解決を外骨格系スキルと呼んでるのよ・・・・あ、いけない、もう時間だわ。次の患者さんに行かなくちゃ!また後でね、バイビー、ジロちゃん!」
 達之介さんは一気にまくし立てて、あっという間に廊下を去って行きました。僕は独り、取り残されて・・・おっと、いけない!僕も次の患者さんに行かなくちゃ!うん?「バイビー」って何?・・・行けない!次の患者さんは・・・・僕は混乱しながらも次の患者さんを目指して急ぎました。

 その夜、僕は厚さが15㎝はある一枚板の落ち着いたバーカウンターの前に立っていました。「アラー、たっちゃん、お久しぶりね」カウンターの中から大きな声がします。達之介さんの行きつけのバーです。昼間の話の続きをするためにやってきたのです。落ち着いた雰囲気で重厚な内装の本格的なバーで、カウンターの奥の棚にはたくさんのボトルが並んでいます。
 達之介さんが僕を紹介しました。
達之介「ルミルミ!私の同僚のジロジロよ!そしてこちらがこの店のバーテンダーのルミルミよ!お酒のプロよ!しかも美人でしょう?」
ルミルミ「始めまして!よろしくね、ジロジロ!ゆっくり楽しんでいってね!」と落ち着いた声で挨拶されます。
 ルミルミはスポーツ刈りのようなショートカットで、達之介さん以上にひげ剃り後も濃いのに、真っ赤なワンピースを着ています。余りの違和感に圧倒されて、目をぱちくりさせ、ただ「こんばんわ」と挨拶するだけで精一杯でした。
 達之介さんと僕はカウンターの隅に座ります。ルミルミさんがガーリックライスとサラダとソーセージを一枚の皿に盛ったものとビールを出してくれました。達之介さんは食べながら話し始めます。
達之介「それでね、弛緩した身体では動けないから、身体の中で筋を硬くさせる、あるいは収縮させるリソースを総動員して身体を硬くするのよ。これが外骨格系スキルよ。でも元々神経系のように素早くしなやかに筋緊張をコントロールできるようなものじゃないからね。調節が上手くいかなくて硬くなり過ぎたりなんてことも普通に起こる訳よ・・・・」(その12に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)


 

2018年12月11日

連続リハビリ小説 毎週火曜日投稿!
Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その12)
達之介「つまり外骨格系動物のように身体を硬くして、支持性と安定性を得ることができるわ・・・」
 話が長くなるので要約すると身体を硬くする要素は伸張反射の亢進のような前角細胞の過活動やキャッチ収縮(ある一連のタンパク質の働きで筋収縮したままの状態になる現象)、筋膜の短縮などで、過緊張と言われるものはそれらいくつかの要素の相互作用として起こるのだそうです。
 外骨格系スキルの話が一段落したところで僕が昼間から気になったことを尋ねてみました。
僕「進さんの屈曲共同運動も、身体を硬くした結果なんですか?患側下肢が全体に屈曲したら立てなくなるし、却って邪魔をしているような気がして・・・」
達之介「そうね、進さんの屈曲共同運動は、『外骨格系方略』というよりは『不使用方略』っていう別の問題解決方略だと考えられるの。たとえば発症後立ち始めには麻痺側下肢は支持性が不十分でしょう?そんな状態で立とうとすると転倒しかけたり、実際に転倒することもあるでしょう?特に進さんの足はやや内反気味だから、ちゃんと足底が着かなくてより転倒しやすいと思うわ。
 つまり患側下肢を使って立とうとすると転倒する、つまり課題達成に失敗するから、運動システムは立った時には患側下肢を縮めて使わないようにしていると考えられるの。これが不使用方略よ!」
僕「えーっ、理屈はわかるけど運動システムがそれを勝手に判断して実行しているんですか?」
達之介「まあ、そういうことね。運動システムは意識とは独立した独自のルールで作動しているの。今日昼間に言ったでしょう?作動の4つの原則、あれに従ってただ作動しているだけなのよ・・・・本当は作動原則はもう一つあるけれどそれはまたの機会ね。さあ、今日はお話はここまで!あとはゆっくり話を楽しみましょう!」
僕「でも、明日から訓練があるんでちゃんと聞いておきたいんです。仮に不使用スキルがあるとしてどうしたら良いんですか?」
達之介「フフフッ、ともかく話はここまで。進さんは明日私がやってみせるわ。百聞は一見にしかずよ」
 そう言われて僕も仕事の話は急に止めたくなりました。たくさんの内容を聞いて頭がパンクしそうだからです。

 ルミルミさんの店は、次から次へと常連さんらしいお客さんがきます。老若男女の様々なお客さん立ちです。ルミルミさんはそれぞれのお客さんに丁寧に対応しています。ふと気がついて達之介さんに話しました。
僕「もっとゲイを売り物にしている飲み屋かと思ったら、本当に普通のバーなんですね。ルミルミさんってとても気配りが凄いし、一人一人にあった接し方をされてるんで、驚きました」
達之介「そうよ!気がついた?ルミルミはお酒のプロだけじゃなくて、客商売のプロなのよ!私たちの仕事と一緒で大事なスキルだわよね!見習わなくちゃ!」
ルミルミ「あらあら、まだ堅い話をしてるのね・・・あたし、硬いのは好きだけど話は軟らかい方が好きなのよ!そうだ、あたしの近況を教えてあげるわ・・・」ルミルミさんは、そろそろ話に割り込んでも良さそうと判断したのでしょう、話しかけてきます。
 「下ネタかよー!」と僕は心の中で突っ込みました。「このおねーさん達は・・・もうーっ、こんなことでどうなるのかしら?あら、いけない、私まで達之介さん達の話し方がうつってきちゃったわ・・・・なんちゃって・・・大丈夫か? 自分・・・・」(その13に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)


 

2018年12月18日

連続リハビリ小説「Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの」
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その13)
 翌日、達之介さんと一緒に進さんの訓練に入りました。挨拶を済ませてから進さんの車椅子を押して訓練室へ入ります。
 達之介さんはパイプ椅子を持ってくると進さんの健側において、進さんに背もたれを持つように指示します。
達之介「さあ、進さん、また立ってみましょうか?」と介助の体勢に入ります。
 進さんはやはり躊躇して腰を引き、すぐには立とうとされません。達之介さんが前方への水平移動介助を強くしながらの立ち上がりを手伝います。そうすると進さんはやっと立ち上がり、そのまま介助されながら立位保持をされますが、すぐに患側下肢が浮き上がり、見る間に強く屈曲したまま、保持してしまいます。
 達之介さんはしばらく様子を見てから「座りましょう」と言ってゆっくりと進さんに座ってもらいます。ここまでは昨日と一緒。
 そして「ちょっと待っててくださいね」というと訓練室隅の倉庫に入っていきました。そうしてすぐに古く汚れたプラスチック製の短下肢装具を手にして出てきます。そしてタオルでほこりを拭き取ると、進さんの患足に装着します。もちろん他人のものなので進さんには少しぶかぶかです。
達之介「さあ、もう一度立ってみましょう!今度はこれをつけているのでしっかりとこちらの脚が支えてくれますよ。それに私がいるから転けることはありません。大丈夫!」と話しかけます。今度も少し抵抗しながら立たれます。でも患側下肢は同じように浮いてくるのです。が、達之介さんが少し手で膝を伸ばすように手伝うと進さんの足は床に着きます。
 そして達之介さんは健側から患側に向かって進さんの身体をゆっくり押しているようです。見る間に患側下肢に力が入ってしっかり支えているのがわかります。
 そのまま左右への重心移動をしたり、休んでは膝の屈伸運動、更に立位での他の運動課題をいくつか繰り返します。その間ずっと患側下肢はしっかりと支えています。進さん自身が少し驚いているように見えました。結局そのセッションだけで、手すりを持っての起立や立位保持なども見守りでできるようになられたのです・・・

 訓練が終わって早速話しかけます。
僕「どういうことですか?あんなに強かった屈曲共同運動が見られなくなってしまいました」
達之介「だからね、あれは屈曲共同運動ではなくて、発症後患側下肢を使うと転けてしまうので、使わないようにしていた不使用スキルなのよ。言ったでしょう、視点が変わると見えてくるものも変わってくるのよ」と達之介さんはウィンクしながら答えます。(その14に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)


 

2018年12月25日

連続リハビリ小説「Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの」
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その14)
達之介「だからね、あれは屈曲共同運動ではなくて、発症後患側下肢を使うと転けてしまうので、使わないようにしていた不使用方略なのよ。言ったでしょう、視点が変わると見えてくるものも変わってくるのよ」と達之介さんはウィンクしながら答えます。
僕「『視点を変える』ですか?」
達之介「そうよ。昨日も言ったけど従来の『学校で習った要素に分けて原因を探す』視点だと脳の細胞が壊れた後に見られる現象は全て症状として見られるでしょう?身体が硬くなることも屈曲共同運動と呼ばれるものも全てそうよね。症状として見られちゃう。でもあの屈曲共同運動が症状だとしたらどうする?どうしたら良いかわかんないでしょう?
 でもシステム論の視点、要素間の相互作用と言う関係性で見ると、あれは麻痺した脚で支えようとすると転けちゃうから使わなくなった不使用方略に見えちゃうのよね。使えないと信じてるから使わないという問題解決よね。
 だからあたしはその視点に沿って、患側下肢を使ってもらうように状況変化を起こしたわけ。内反があると上手く接地して患側下肢を安定させることができないから、プラスチック装具をとりあえず装着してもらったの。そしてその状態で患側下肢に荷重してもらって『実はそれなりに患側下肢には支持性がある』という体験をしてもらったのよ。しかも色々な課題を通してね。その結果、運動システムは患側下肢の支持性の有用性を発見してシステムの作動に変化が出たわけ。不使用から使用へね。これを再組織化というのよ。組織というのは要素間の関係性を表す言葉よ。つまり要素間の関係性が造り替えられたという訳よ」
僕「ああ、なるほど!システム論の視点では屈曲共同運動は不使用だから、単に使用してもらったというわけですね・・・・結果、進さんは患側下肢の支持性を発見して再び使うようになられたんですね。ということはあの屈曲共同運動という見方が間違いで不使用という見方が真実と言うことですよね!」
達之介「ううん、違うのよ・・・理論あるいは視点の話になるとすぐに『どちらが真実か?』っていう話になっちゃうのよね。でもこの議論は不毛であまり意味がないということに気がついて欲しいんだけど・・・・今は時間がないから、また今晩ルミルミの店でね!」とまたもや達之介さんはウィンクしてよこします・・・・(その15に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)


 

2019年1月1日

あけましておめでとうございます(^^)
火曜の連続リハビリ小説「Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの」
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その15)
 その夜はまたルミルミさんの店のカウンターの隅に座ります。ルミルミさんはゲイだけど、店はゲイを売り物にしていない本格的なバーです。だから普通の老若男女のお酒好きが集まってきます。それでいてルミルミさんはゲイであることを隠さないでごく自然にそこにいる。バーテンダーとしてもゲイとしてもごく自然にそこにいるので来る人も自然になんだか素直になれる感じです。
 今夜も達之介さんと二人で食事をとりながらまた話を始めます。
達之介「理論というのは世の中の現象を説明するためのアイデア、説明のための道具に過ぎないものよ。言葉で表しているアイデアだからね。だから理論が真実であるとかないとかは言えないの。それなのに理論をまるで真実のように扱う人が多いの。ある理論が真実で他は間違いのように非難している人もね」
僕「それですが昼間から考えたんですが、道具としても正しい、正しくないという言い方もできると思うんです。たとえば『天動説は間違いで地動説が正しい』とは言えるんじゃないんですか?」
達之介「『あたしが言ってるのは、早い話、言葉によるアイデアなんてあくまでも説明の道具だと割り切って考えた方が良いってことよ。今のだって『地球上に立って天空を見ると天動説の説明は正しいし、太陽に立って地球の動きを見れば地動説は正しい』と言った人もいるのよ」
僕「それは・・・・」
達之介「理論で言っていることが真実かどうかなんて誰にもわからないわ。地動説だって未だに色々な疑問があるのよ。科学って言われているものは、説得力が多くの人にあるかないかだけの問題よ。でも多くの人に説得力があるから真実と言える?」
僕「つまり説得力があることと真実であることはイコールではないと?」
達之介「そうね。つまり立場や視点によって異なってくるものよ。たとえば死って普通とても重要なことよね?」
僕「ええ、そうですね」
達之介「でも誰にでもないわ。死者の復活を信じるなら死は重要ではないでしょう?」
僕「ああ、それは・・・でも死者の復活が重要なのは、実は死こそが重要だからでは?」 達之介さんの表情が一瞬ポカンとした。
達之介「ああ、そうね、その通りだわ!なるほど!・・・ポイントはそうではなくて、死が重要でも立場によっては死よりは復活の方が重要なのよ。つまりどの立場、視点に立つかによってものごとの見え方は丸っきり変わってしまうということよ」
僕「ああ・・・・なんとなくわかってきました・・・・様々な立場でものごとの見え方は違っていると・・・・だから真実も人それぞれに違っていると。真実というのは正に真実を述べているわけじゃなくてそれぞれの立場から真実と思えるものを信じているということですね?」
達之介「ふふふ、そうなの!あなた、理解が早くて助かるわ」
 しばらく沈黙が続く。今の会話の内容を何度も心の中で繰り返してみる。
僕「でも多くの人はたとえば脳卒中後に体が硬くなるのは症状だと信じていますよね?」達之介「それは多くの人にとってそのアイデアが説得力があるからよ。自身の知識や経験の中でそれが上手く説明できるから信じているの。あるいは社会はそれを真実として私たちに信じさせるからだわ。他に選択肢がないから私たちは自然にそれを無条件に信じてしまうのよ。こちらの方が大きいかしら」
僕「そんなこと言われても頭が混乱して・・・・何かを信じていくのが普通だから・・・」
達之介「だから説明の道具として捉えましょうということよ。説明の道具としてなら真実もクソもないでしょう?道具なら状況によって使い方や効果が変わってくる。平皿に入ったスープなら直接皿に口をつけて飲むよりスプーンの方が便利でしょう?こぼしにくいものね。お椀に入っていればお椀を直接口に持っていく方がスプーンより楽よね。大きなステーキなら箸よりフォークとナイフが便利だわ。道具とはそんなものよ。状況によって使い心地や効果が異なる。
 臨床で働く私たちにとってはそれで十分じゃない?原因追及は原因が明確で改善可能なら便利な考え方よ。たとえば運動不足による廃用なら、運動をやっていけば良いじゃない?でも脳性運動障害のように原因は脳細胞が壊れたことと明確だけど、その構造的再生や機能的再生はリハビリでは難しいわ。というのもここ50年あまりそのアプローチは試されているけれど麻痺が治ったという話は聞かないでしょう?そんな場合はCAMRの視点を基にした状況変化の問題解決も有効なのよ。
 今日の進さんが良い例だわ。屈曲共同運動だと考えるとそれをどう抑制するか?つまりは最終的にどう失われた脳機能を再生するかという話になってきて、実際にどうしたら良いかわからなくなっちゃう。
 でも不使用方略と考えれば、簡単にアプローチできるし、実際に良い状況変化を起こしたわけでしょう?つまりこの場合は、CAMRの視点は良い状況変化を起こす良い道具という訳よ!」
 僕はもう一度抵抗を試みる。
僕「でもこどもの頃から因果の関係に親しんできたのです。頭ではわかってもなかなか納得できないっていうか・・・・科学はそれを正に症状として説明してきたように思うんです。だから自然に信じてきたというか・・・・」
達之介「信じることから始めるなんて科学とは言えないのよ。科学は疑うことから始めるべきだわ。『本当に症状か?』ってね。信じることから始めるなら宗教と一緒でしょう?あなたが科学というものを基準にしたいなら、まずは身近の常識から疑っていくのがホントじゃない?」
 再び達之介さんがウインクした。今日は何度達之介さんのウィンクを見たことだろう。だんだん慣れてきてドギマギしなくなる・・・・いや、僕はドギマギしてたのか?様々な疑問が胸の中で渦巻いているけれど、酔いも手伝って「今日のところは勘弁してあげるわね、達之介さん」と心の中で呟いた。そして夜は更けていく・・・(その16に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)

 

2019年1月8日

火曜の連続リハビリ小説「Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの」
第三話「屈曲共同運動が強くて、随意性の低い患者さん?」(その16 最終回)

 翌日、再び二人で進さんの治療に入る。
 驚いたのは進さんの振る舞いはすっかり変わっていたということだ。昨日のたった一度のセッションで進さんの屈曲共同運動といわれた現象はすっかり見られなくなっていた。前の病院の報告書から想像されるに何週間も続いていたそれはたった1回のセッションで消えてしまった。ぶかぶかの短下肢装具を着けて抵抗なく起立し、平行棒を持って立位保持をし、膝の屈伸運動や両下肢への交互の重心移動練習をずっと前からやっているように自然と行う。
 達之介さんは更に新しい練習課題を提示した。厚さ3センチくらい、幅25センチくらいの長い板を持ってきた達之介さんは、それを平行棒の横に置き、平行棒を持った進さんの患足をその板の上に置き、反対の健側下肢でその板を跨ぐように指示する。うちの施設で普通に行っている板跨ぎの課題だ。進さんもわずかの躊躇でそれを跨ぎ、指示されるまま元に戻す。その動作を何度も行った。
 その後反対に健側下肢を板の上に置き、患側下肢でも跨いで戻す動作を行う。こちらの方は、患側下肢が何度も板につまずき、板を踏んだが、達之介さんは気にしないで続けるように言い、進さんは失敗を繰り返しながら10回行った。
 最後にテーブルに健側上肢ですがって伝い歩きをされる。時々達之介さんに手伝ってもらいながらテーブルを一周される。
達之介「アラー、良く頑張っちゃったですよ」と進さんを褒める。進さんも嬉しそうだ。
 どうも僕は生まれ変わった進さんを見ているようだった。もう一人で歩いている普通の脳卒中の方と変わらない進さんがいた・・・・

 そのセッションが終わってから達之介さんは僕に言った。
達之介「もう大丈夫でしょう?いつもの訓練を行ってちょうだい。変化があったり、なかったりしたらあたしに教えてね。じゃあ任せたわよ」と去って行く。僕には新たに疑問がふつふつと湧いてくる。「今夜も達之介さんをルミルミの店に誘わなくちゃ!」と心に決めたのだった・・・・

 その3日後、進さんはいなくなってしまった。世話をする息子さんのいる街の老健施設に移ったのだ。最初に目標とされていた移乗介助の軽減はその3日で達成していた。手すりなどの環境設定下では特に問題なく見守りで移乗されるようになっていた。
「ええー、これから色々変化されると思っていたのに・・・・」僕には少しばかりショックだった・・・おわり
 ※この進さんは実在の方をモデルにしています。残念ながら最後はこのような終わり方になってしまいました。次回作は2週間後から。
 CAMRの講習会ではこのモデルの方のビデオを始め、多くの症例のビデオで一瞬に起こる運動変化がたくさん見られます。運動変化を起こすポイントが何かがわかるようになります。興味のある方は是非ご参加ください。今年は開催日未定。3月中には来年度の計画が出ると思います。CAMRのフェースブックページをご覧ください。#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)#