治療方略と治療技術(その1)

治療方略と治療技術 (その1)
 葵の園・広島空港 理学療法士 西尾幸敏
(上田法治療ジャーナル, Vol.25 No.1, p4-37, 2014) ”
 これは上田法治療ジャーナルに載せた最後のエッセイになります。
 これを機に僕は本格的にCAMRの活動を開始しました。(実際にこれを書いたのは2012年から2013年にかけてでした)思い出深い一本となりました(^^)
1.はじめに
治療方略と治療技術は僕たちセラピストにとって二つの大事な武器だ。
たとえば治療方略と治療技術は、戦国時代における「軍略」と「兵力」(兵士や武器の質や量、その総合力など)の関係に似ている。強い兵力を持っているとあまり軍略に気を使わなくなり、正面からのごり押しになったりする。逆にその裏を突かれたりするわけだ。また兵力が少ないと相手の虚を突くような軍略を駆使して、大軍を破ったりする。
 黒田官兵衛のように強い兵力があっても正面から攻めないで、軍略を巡らし、高松城の水攻めのように戦わずして勝ってしまうなどということも可能だ。
 彼は味方の兵力を温存したまま、敵の兵も無駄に殺さず、背後にいる毛利方に強力なプレッシャーをかけながら勝ってしまう。この兵力の温存や敵にかけたプレッシャーのおかけで、「中国大返し」を行い、秀吉に天下を取らせることができたわけだ。
 同じように治療方略を工夫することや多様にすることは、セラピストとして問題解決の能力を高めることになる。たとえば痛みに対して体系化された徒手療法という治療技術を身につけることはセラピストにとって大きな自信になるし、よりよい治療効果を生み出すことになる。しかし時にはそればかり行っているセラピストを見ることもある。適応を考えず、ただひたすら正面からごり押しをする。とても有効な治療技術の用い方とは言えない。
逆に言うと、そのような特別な治療技術を身につけていなくても、つまり学校で習うような治療技術でも、相手によっては治療方略を駆使してうまく痛みを取ることもまた可能である。ここではそのような治療方略も紹介する。(もちろんだから徒手的な治療技術を学ばなくても良いと言うことではない。徒手的な治療技術を学び熟練した方が遙かに良い治療効果が出せるし、治療時間も短縮できることが多い)
CAMR(Contextual approach for medical rehabilitation:医療的リハビリテーションのための状況的アプローチ)は幾つかの治療方略を組み合わせ、より有効な治療方略と治療技術の用い方を提案するアプローチである。ここでは幾つかの治療方略を紹介していこうと思う。
セラピストはどちらかというと治療技術のみに関心が向きがちである。もっと治療方略のことを知ってもらい、関心を持っていただきたいと思っている。

2.治療方略とは何か?
 治療方略とは「クライエントの問題を解決するための治療技術の使い方であり、問題解決に至るまでの目標・過程・手段・資源・予定に関する計画」のことと定義しておこう。
 僕が思うに、リハビリにおける治療方略には以下の3つがある。
① 原因追及型治療方略
② 試行錯誤型治療方略
③ 作動特性型治療方略
以下では、それぞれの治療方略を検討し、長所・短所についてそれぞれ説明していきたいと思う。
①原因追及型治療方略
 この方略では問題が起きるとまず「なぜ?」と問い、原因を探すことから始める。そしてその原因と問題の間に因果の関係を想定し、原因にアプローチしようとする。これはリハビリに限らず、社会全体の様々な領域での問題解決のための方略であり、私たちには子供の頃から一番馴染みの深いやり方であろう。
 たとえばテレビ番組で「異常気象が続いている」という問題が取り上げられる。この問題に対して「なぜ?」と番組司会者が尋ねると気象の専門家が「エルニーニョ現象が起きているから」などと説明する。「ではなぜエルニーニョ現象が起きるのですか?」などと問い「おそらく地球温暖化が原因では・・」などと若干トーンの落ちた原因説明が続く。調子にのってきた司会者は「では地球温暖化の原因は?」と問い、専門家は更に困った顔で「二酸化炭素の排出量が増えているからでしょうか・・」などと答える。
 司会者は我が意を得たりとばかりに「そうですよね。やはり二酸化炭素の排出規制を全世界で実施しなければなりません!」と満足そうに結論づけて話が終わる・・・などという場面が見られる。
 ここで見られるのは、まず異常気象という問題の原因を求めるのだが、「エルニーニョ現象」とか「地球温暖化」などと言われるとどうも問題解決に手をつけられそうにない。しかし「二酸化炭素の排出量の増加」という原因なら具体的な「排出規制」という解決手段が出てくる。それだとなにかしら達成感や意義を感じるので、ここまで原因を探ろうとする司会者の意図ではあるまいか。(うがち過ぎならごめんなさい)
気候の専門家にとっては「エルニーニョが異常気象と関係しているのでは?」というところまでは言えても、「異常気象の原因が二酸化炭素の排出量増加」と言わされるのは「いささか専門違いである」的な態度を取るのも、まあ無理のない話である。
 多少脇道にそれてしまったが、原因追及型方略というのは、このようにテレビ番組でも何か事件や事故が起こる度に、「先生、今回の事故の原因は・・・」と必ず聞かれるくらいごく普通の問題解決のための方略である。そして実に多くの領域、分野で現在問題解決の第一選択となる方略でもある。
 リハビリでも学生時代、教科書に載っていると言えばこの原因追及型だけである。というよりむしろ、公式にはこれしかないと思われている。そのため他の治療方略はないと考えられたり、他のものは邪道と考えられたりする傾向もある。
 特に疾患別理学・作業療法という体系は、この治療方略から生まれた代表的なものであろう。各障害の原因は疾患や傷害、部位によって異なるので、疾患毎に問題解決の体系を整えようという意図である。
 また人は、因果関係の説明を基本的に好むものである。生得的なものか環境によるものか、おそらく双方なのだろう。人々は因果関係の説明を聞くと納得したり、安心したりする傾向があるようだ。だから、クライエントに治療の方針を納得してもらうために因果関係の説明を用いることは非常に有効である。

 さてこの治療方略はとても有効であることに間違いないが、問題がないわけではない。
 まずその因果関係は本当に正しいのか?と言う素朴な疑問がある。というのも因果関係はしばしば罠に陥りやすいのである。たとえば理学療法の教科書では、脊髄性失調症に対して「フレンケル体操」という固有感覚の訓練が紹介される。脊髄性失調症では、手足の運動が正確にできず、ブレが生じてしまう。これは固有感覚の低下によるものだから、固有感覚の訓練をしましょうということらしい。
 確かに実際、手足のブレがあって、固有感覚が低下している。また固有感覚低下の方がより要素的な感じがするので、「固有感覚の低下」(原因)→「運動のブレ」(結果)の因果の関係を想定したくなるのも分かる。が、実際には、「脊髄神経細胞の損傷」が原因であり、「固有感覚の低下」も「運動のブレ」もその結果に過ぎない。つまり結果同士の間に因果関係を想定してしまっている。(他にも因果関係が陥りやすい罠については本稿末の文献リスト1に詳しく説明しているので参考にしてください)
 また原因追及型治療方略では、原因がはっきり分かったからと言って必ずしもその原因を解決できないことも多い。これは原因を追及することは現象の説明には優れているが、これから生み出される解決策は必ずしも実現的でないからだ。つまり言葉で単純に説明される原因は、現実には言葉以上に複雑な要因が絡み合っていることが多いからである。
 たとえば二酸化炭素の排出規制はその背後に複雑な経済問題やエネルギー問題、それに絡んだ各国の利害の思惑があるのである。普通1つの「原因」と呼ぶものには、それを構成する沢山の要素が関係している。つまり1つの「原因」には更に沢山の「原因」が影響し合うため、1つの原因を解決するためには実際には更に沢山の原因を解決しなければならないことになり、最後には解決困難の原因であることに気がつく。
 また先ほどの「脊髄神経細胞の損傷が原因」となると、治療は「脊髄神経細胞の再生」のような解決法が出てくるが、現実には今のところ中枢神経の再生は技術的に不可能である。つまり解決不能の原因なのである。
 リハビリの分野で、原因追及型治療方略が上手く行かない具体例をもう一つ挙げておこう。「脳性運動障害の原因は脳の細胞が壊れたこと」という風に「脳細胞が壊れたことだけに原因を還元」してしまった時代がある。こうなると解決手段は「脳細胞を治すこと」または「脳には使われていない細胞が沢山あるので、使われていない脳細胞によって壊れた脳細胞の持っていた機能を代償すること」となる。言ってしまえば脳を治す、あるいは「麻痺」を機能的に直してしまおうと言うことだ。
このアプローチが日本に入ってきて50年以上経つが、この問題解決がうまくいったという事実はない。今のところ解決不能のアプローチだからだ。「科学が進めば先々では上手くいくかもしれない」と信じることは結構なことだ。だが今目の前にいるクライエントにそんな先の希望を聞かせても意味がない。私たちは今、この場でできる最良の方法を選択しなければならないからだ。
 一方単純な因果関係の場合は、この方略はとても有効である。たとえば跛行をしている男性がいる。原因を調べると買ったばかりの靴のサイズが小さくて痛いのだそうだ。前に履いていた古い靴に履き替えると痛みは取れて、跛行は出なくなった、めでたし、めでたし・・・のような例である。
 日常生活でも「洗濯機が動かなくなった」のは「コンセントが外れていた」だったり、「自動車が動かなくなった」のは「燃料がなくなった」だったりする。コンセントを差し込み、燃料を注げば良い。まさに原因をストレートに解決する。
 ある男性が職場の配置換えになり、事務職になった。しばらくすると階段を登るにも息が切れるようになった。「運動不足による身体機能低下」がその原因であり、「適度な運動を定期的にする」という解決案によって、息切れは見られなくなった・・・というのはこの方略が良く機能する場面である。
つまり比較的直線的、単純な因果の関係が成り立ち、その原因がすぐに解決可能な場合には、この原因追及型治療方略は大きな力を発揮するのである。
 ここでもう一度原因追求型治療方略のまとめをしておこう。
「原因追及型治療方略のまとめ」
・原因を追及し、その原因にアプローチしようとする
・社会、科学全般にわたって使われる社会公認の解決方略と言って良い
・多くの人は因果関係の説明を良く納得するので、説明し説得するにはその説明は良く利用できる
・原因が分かったとしても、その原因を解決できない場合も多い
・因果の関係が誤解の罠に陥ることがある
・原因が明白で、その原因解決がすぐにできそうな場合には非常に有効な治療方略である。