「Camrer(カムラー)第五話「誰の問題?誰の目標?」

 

2019年3月26日

第5話「誰の問題?誰の目標?」(第1回)
 「おはよう!」と言いながら笑顔で手を振る。するとかおりちゃんもステキな笑顔で手を振りながら「おはよう!」と答えてくれる。
 確かに達之介さんの言う通りだ。「ジロちゃんね、いつも朝の挨拶の時、ただ普通に同僚として挨拶してるじゃん。それじゃダメなのよ。まず第一歩として明日からかおりちゃんを見つけたら少し遠い距離から笑顔で嬉しそうに手を振りながら大きな声で『おはよう』って言ってごらんなさい。きっと良いことが起きるから!」本当にその通りだった。次は「おはよう、かおりちゃん!」と下の名前を呼びながら挨拶しなさいと言われている。これは僕には少しハードルが高い。せめて姓の「鈴木さん、おはよう!」と次は言ってみようと思う。
 良いことは続く。朝礼が終わったあと、今日の仕事の段取りを考えている時に、かおりちゃんの方から話しかけてきた。
かおり「次郎さん、お願いがあるんだけど・・・」
僕「えっ、なに?」
かおり「達之介さん、今日と明後日が休みでしょう?私は明日が休みなので、3日会えないの。訓練のことでことで達之介さんに相談があるのよ。それで明日私の代わりに達之介さんに相談して、明後日その内容を教えて欲しいのよ」
僕「あ、良いよ」と答える。「達之介さんがらみか・・・」と少し残念に思った。でも、かおりちゃんといろいろと話すチャンスでもある。
僕「どんな内容?」
かおり「昼休みでも良い?ご飯のあと控え室で」
僕「うん、良いよ」
かおり「ありがとう、お願いします」と言って去って行く。
「うん、これも手を振りながらの挨拶の効果かな?達之介さんに報告しなきゃ」と思いながら後ろ姿を見送った。
#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)#

 

 

2019年4月2日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第2回)
 お昼ご飯を手早く済ませ、歯磨きを念入りにして、いつもは使わない口臭剤を使った。かおりちゃんは少し遅れてやってきた。輝くような笑顔だった。まぶしい!
かおり「休み時間なのにごめんね。私の担当している純子さんの件なんだけど・・・」
僕「純子さんて、片麻痺の方?」
 先週からかおりちゃんが片麻痺の女性の方の歩行訓練をしているのを知っていた。
かおり「そう、私初めて片麻痺の方の歩行練習してるんだけど・・・よくわからなくて・・・どうしたらよいのかって思うの」
 かおりちゃんの新しい担当の利用者さんということで、実は僕は機会がある度に観察していた。純子さんは麻痺は比較的軽い方らしくT-caneで安定して歩いておられる。僕が見たところ患側下肢は下垂足気味で床からあまり離れずにつま先が床に擦れるように振り出されているようだ。
僕「患者さんの見方とか、訓練のやり方とか?」
かおり「それもそうなんだけど、先輩の健介さんが『健側下肢に重心がかかってないから問題だ』って言われてて・・・・これがもう意味がわからなくて」
僕「だったら健介さんに質問してみたら?」
かおり「質問したんだけど・・・健側下肢にもっと重心が乗らないといけないってことで・・・でも健側下肢に重心が十分移動できないって変な感じがするのよね・・・・良い方の脚で立ってるわけだから私の理解が良くないから悪いんだと思うけど、そのうち健介さんが『それくらい自分で考えなさい』って言われて・・・・私、もうどうしたら良いのかわかんなくて・・・・」
 健介さんは5年目の理学療法士で、僕も一度飲みに連れて行ってもらったことがある。明るくて親切で面倒見の良い先輩だという印象があったので、この話を聞いて少し驚いた。「かおりちゃんに意地悪をするのは許せない」という小さな赤い感情が一瞬心の中をよぎった。混乱する頭の中で何とか整理を進める。
僕「えーと、かおりちゃんは純子さんのこと、どう思ってるの?何が問題?」
 昨日から達之介さん達とずっと「かおりちゃん」と口に出していたせいで自分でも驚くほどすんなり口にでた。かおりちゃんは下の名前をちゃん付けで呼ばれたことに一瞬驚いた顔をした・・・ように僕には思えた。
かおり「純子さんは・・・・えーと、左片麻痺で、右手でT-caneを突いていて発症後3ヶ月で、前の病院では監視で歩行されてて・・・歩き方は・・・」と立ち上がって実際にやって見せながら説明する。「患側のつま先が上がらなくて、振り出し時につま先が擦れててそれが床に引っかかって転けそうで危ないと思うの・・・・どう思う?」
 かおりちゃんは顔を紅潮させ、たどたどしくそこまで一気に喋った。
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2019年4月9日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第3回)
「僕もそう思ったよ。患足のつま先がひきずるような感じで振り出されるからそれが問題かな?」
「そうでしょう。だから患側下肢を高く大きく振り出す練習をしたらどうかと思って、健介先輩に言ったんだけど・・・そしたらそれは難しいから、健側への重心移動を大きくしたらどうかって言われちゃって・・・」
「あっ!」僕の中で閃くものがあって、慌ててしゃべり出した。
「そう言えば、麻痺側の下肢を振り出そうと思っても基本、麻痺があるから振り出しが難しいよね。頑張って1歩目を振り出しても2歩目、3歩目とだんだん振り出せなくなって元通りって感じだよ。だって麻痺は早い時期に自然回復する場合もあるけど基本は治らないからね。だから麻痺した患側下肢を振り出すには普段より大きく健側へ重心移動しないと・・・」と立ってやって見せた。「体幹を健側へ大きく傾けると麻痺の下肢がより大きく浮き上がって、こうやって振り出しやすくなるんじゃないかな!」僕はやや興奮気味に大きな声で喋りながら、脚を振り出して見せた。実はこの思いつきは以前の実習地のセラピストが説明していたのを思い出したのだ。
僕「つまり、ただ健側下肢で立つだけでなく、もっと健側に身体を傾ける必要があるんじゃないかな?」
かおり「次郎君、凄い!健介先輩が言っていたのはそういうことだったのかも・・・でもそれでは分回し歩行を強めることにならない?」
僕「えっ、分回しを強める?・・・」
かおり「だって分回し歩行は健常な人の歩行から外れた・・・というか・・・あまりきれいな歩行じゃないから。だから健常な人の歩行に近づくように修正したらどうかって前の実習地で指導されたことがあって・・・」
僕「いや、麻痺があるんだから健常な人の歩行の形だけを真似るってのはそもそも無理があると思うんだけど・・・健介さんはどう思ってるんだろう?」
かおり「さっきの解釈だと次郎君と同じかも・・・達之介さんは?」
僕「達之介さんは形で判断するべきじゃないって立場だと思うけど・・・それぞれに確かめてみたら良いかも。かおりちゃんは健介さんに聞いてみて。僕は達之介さんに」
 「うん、わかった、聞いてみる!」そう言ってかおりちゃんは席を立っていった。今日は2回も「かおりちゃん」と呼べたので僕はまずそれがなによりも満足だった。
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2019年4月16日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第4回)
 その日の夕方のスタッフミーティングが終わり、かおりちゃんは素早く帰ってしまった。僕はかおりちゃんと別れの挨拶で手を振らないといけないので、かおりちゃんの後を追って早々とスタッフルームを出ようとしたが、なんと健介さんにつかまってしまった。
「次郎君、鈴木君(かおりちゃんのこと)から聞いたんだけど彼女の相談に乗ってくれたんだってね。ありがとう。それで健側下肢に重心を大きく移動するのは分回し歩行を強めることになるんじゃないかって彼女が心配したんだって?」
僕「ええ、そうです。僕は麻痺があるから仕方ないと思ったんですが、健介さんはどう思いますか?」
健介「俺もなんとなくそう思ってるんだけどね。幸生主任の影響かな。でも逆になんとなく常識では健常者の形を真似る方の意見も多い気がしてさ、自分でもどうだろうと思っているところ・・・それと先輩の佐藤さんは分回し歩行には反対なんだ。佐藤さんは少しでもきれいに歩いてもらうのがPTの役目だって考えでね。『PTがやらなきゃ、誰がやる?』ってね。わからなくもないんだけど・・・それで佐藤さんが鈴木さんの応援に入ってきて、さっきはちょっと白熱した議論になっちゃったんだよ」健介さんは頭を掻きながら話す。
 佐藤さんは啓介さんの1年先輩で、とてもまじめな雰囲気の理学療法士だ。親切で後輩の質問にも丁寧に応えてくれる。
健介「なあ、達之介さんは一体どんな考えを持ってるんだろう。今のところは新人の次郎君を中心に指導してるだろう。達之介さんは勤め始めてまだ日も浅いし、余り話したことがないからね。どう考えているか興味があるんだよ。どうだろう、この件について一度勉強会を開いてもらうというのはどうだろうか?主任の幸生さんに相談したら、そうしたらって言われてね。俺、明日休みだから、次郎君から伝えといてくれないか?できれば日取りなんかも決めておいてもらえると助かるよ」
「良いですよ」と言いながら、頭の片隅で「かおりちゃんは分回し反対派なのかな?」とそんなことを考えた。
 結局急いで着替えて、走って駐車場に向かうとかおりちゃんのグレーの軽自動車は無くなっていた。残念ながらかおりちゃんに手を振ってさようならを言うことはできなかった。(第5回に続く)
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2019年4月23日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第5回)
 翌日、朝礼の後昨日のかおりちゃんと健介さんの話を達之介さんに伝えた。
達之介「あらあら良かったじゃない、かおりちゃんとお話しできたわね!それと分回し歩行の話はそんなことになってたのね・・・実は主任に言われて勉強会の内容はもう検討してたんだけど、みんなの興味のあるものを取り上げた方が良いわね・・・わかったわ、主任と相談して日取りを決めておくわね」
僕「結局かおりちゃんは『分回し歩行』は良くないかもって話なんですけど・・・・達之介さんはどう思います?」
達之介「それについては勉強会で話し合いましょう」と言うとくるっと背を向けて歩いて行ってしまった。

 その日の夕礼には主任から勉強会を開くことが発表された。翌日の夕方5時から終業時間の5時半までが基本で、その時間で収まらなければ残れる人は残って続けましょう、そしてできるだけ時間を工面して参加しましょうと言われる。「テーマは・・・」と幸生主任が少しもったいぶって言った 。「『片麻痺患者さんの歩行練習をどう進めるか?セラピストの役割について』のディスカッションをしましょう。みんな、忌憚のない意見をドンドン出し合おう。そう言えば、昨年秋に退職者や産休でスタッフが減ってから勉強会はしばらく開かなかったからね。なんだか久しぶりの感じだよね・・・・皆さん楽しみに・・・では解散!」いつもの解散後の浮き上がるようなささやきはなかった。みんなはしんとしてなにも言わないし、すぐに動き出すものもいなかった。みんな佐藤先輩と達之介さんが衝突するのではないかと予感しているのかもしれない。(第6回へ続く)
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2019年4月30日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第6回)
 翌朝、僕はかおりちゃんを見るとにこやかに手を振って「おはよう」と挨拶したが、かおりちゃんはニコリともせず、「おはよう」も言わずに僕に近づいてきた。目が怖い。「今日の夕方、分回し歩行のことで勉強会を開くことになったんですって?私、そんなつもりで相談したんじゃないのに・・・」と少し震える声で僕に迫ってくる。僕は何を言って良いかわからなかったし、かおりちゃんが怒るとは思ってもみなかった。
 かおりちゃんはそれだけ言うと、「まだ言いたいことはあるけれど・・・」みたいな表情をして更衣室に向かって行ってしまった。僕は取り残されて「誤解だよ、勉強会は健介先輩が・・・」と心の中で呟いた・・・・

 なんにせよ、その日も忙しく1日が過ぎていった。朝以来かおりちゃんとは会っていない。あっという間に夕刻になり、勉強会が始まる。その日の出勤者9名、全員が顔を揃えた。佐藤先輩も健介先輩もそしてかおりちゃんも緊張した顔つきだ。達之介さんはいつものようにのほほんとしている。幸生主任は早くから司会者風のポジションでそれらしく紙を見てはしきりにみんなを眺めている。落ち着きがない。主任はどんな風に話を進めるつもりなんだろう・・・
「さて、お疲れ様です!忙しい中集まってもらってありがとうございます。以前からうちのリハ科内でも、脳卒中後の利用者さんの歩行訓練には二つの方向性があったと思う。一つは『歩けるように歩いたら良い』という考え方で、もう一つは『できるだけセラピストが手をかけて健常者の歩行に近づけるべき』という・・・うん、今ので良かったかな、そういう考え方だと思う。結局は、歩行というよりも脳卒中をどう考えるかの立場の違いとも言える。うちでは以前から、小さな議論が現場で起きていたし、いつのまにかそれがわだかまりのようにみんなの中に漂うようになっていたと思う。
 まあ、意見の対立が悪いと言っているんじゃなくて、なんとなくモヤモヤとしたわだかまりがあることの方が問題だと思うんだよね。今日はそのあたり、しっかりと言い合えると良いと思うよ、うん」主任は満足げに明るく締めたが、みんなしんとしている。でも思った以上にストレートな表現に僕は不安な気持ちと同時に「ああ、みんなでしっかりと話し合うことができる」という希望も湧いてきた。

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2019年5月7日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第7回)
 達之介さんが主任の後を継いだ。「ところで今はどんな感じなのかな?基本、歩ければ良いと思っている・・この表現は正しく内容を表していないけれどね、まあなんとなくこの立場の人は手を挙げて」言いながら達之介さんは手を挙げる。僕と健介さんも手を挙げた。緊張が高まる!少し遅れて主任も手を挙げる。「僕の立場はもうみんな知ってるからね」
 「ではできるだけセラピストが手をかけて歩行を指導した方が良いと思っている人は?」佐藤先輩とかおりちゃんが手を挙げる。かおりちゃんの表情には強い意志を感じる。
達之介「ほう、面白いわね。今年入社の新人さん2人が二つに分かれたわね。残りの3人はどうなの?」恵子さん、真理子さん、海先輩の3人は顔を見合わせる。3人とも2-3年くらいの経験だ。3年目の海先輩が代表のように達之介さんに顔を向けて話す。
 「僕は・・そりゃきれいに歩ければそれに越したことはないと思いますが、麻痺があるから難しいかと・・・つまり、僕には難しいと思います。かといって、歩ければどんな歩き方でも良くて、なんの指導もしないというのはこれまたどうかなと思って抵抗を感じまして・・・」とそこで残りの2人を見る。2人とも首を上下に盛んに振って同意を表した。
達之介「なるほど、わかったわ。では、最初に口火を切って意見を言う人はいますか?」
 「はい!」と手を挙げたのはなんと、かおりちゃんだった。
かおり「実は私は昨日まで迷ってました。でも昨日佐藤先輩の話を聞いて、そして今日佐藤先輩の訓練を見ていたらやはり佐藤先輩の言うことの方が良いような気がしてきました」かおりちゃんはそこで息を大きく吸った。「私は歩行練習の間も何をして良いかわからなくて、なにもできなくて、自分が情けなかったんですけど、佐藤先輩は上手く歩けない原因を探して、患者さんにそれを説明して『だからこうしましょう』と言ってキチンと指導されていました。やはりセラピストの仕事というのはそういうことなんだなと思いました。患者さんが自分一人でできることをやってもらうだけなら、セラピストは要らないし、患者さん一人ではできない事を指導するのがセラピストの仕事なんだと今日思ったんです!」佐藤先輩は胸をはって得意そうだ。佐藤先輩は歩行練習の間、いつも理論的に患者さんに説明している。確かにセラピストとしてカッコイイと思う。
達之介「なるほど!しっかりした意見だわ。では同じ新人の次郎君はどう思う?」
 いきなり振られて、僕は固まった・・・みんなの視線が一斉に僕に集まった。頭の中が真っ白になった・・・(第8回に続く)
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2019年5月14日


Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第8回)
 達之介さんはにこやかに、もう一言。「何でもいいの、思いつきでも構わないから言ってみて・・・それとも後からにする?」僕はそれに返事もできなかった。でも思考停止が続いたその後、頭が何か探し始めたことを意識した。みんな真剣な表情で僕を見つめている。健介先輩も佐藤先輩もかおりちゃんも・・・・そしてかおりちゃんの表情に吸い寄せられた。突然かおりちゃんのさっきの発言が頭の中に蘇る。(「セラピストとしてちゃんと指導している」・・・・そうだ、これこそが前から気になっていたことなんだとわかった気がした)
 達之介さんが何か言おうとしたところで僕は答えた。
「いえ、大丈夫です。なんと言うべきかわかりませんが、かおりちゃん、いえ、鈴木さんの言うことはとても良くわかります。
 僕は実習中に片麻痺のおじいさんを担当していました。それで訓練で一緒に歩いていたんだけど、僕は気持ちが落ち着かなかったんです。なにも指導せずにただ一緒に歩くだけならセラピストの価値はないんじゃないかととても焦ってしまって・・・それで、今思うとそのおじいさんの歩き方を修正することを始めてしまいました。
 たとえば患側の分回しがあったので『まっすぐに振り出して』みたいなことです。何か指示をだして指導をしている満足感のようなものが湧いてきました。セラピストとして振る舞っている満足感です。それで僕はそれを繰り返しました・・・すると突然おじいさんが立ち止まって僕の方を振り向いて怒鳴られたんです。『わかった!じゃあまずお前がこの脚を治してくれ!そしたらお前の言う通りに歩いてやるわ!この脚はわしの思うとおりに動かんのじゃ!それがわからんのか!』って。僕は頭の中が真っ白になってしまって・・・・・・・・ごめんなさい、今も頭の中が真っ白で何を言っているかわからなくなったんだけど・・・・あ、ともかく、ともかく・・・ともかく、ここに来て達之介さんに教えてもらったのは・・・ともかく、患者さんは自律的な運動課題達成者で運動問題解決者だということで、セラピストはそばについているだけで患者さんにとっては安心して歩けるリソースで、ともかく、十分役立っていると言うことで、ともかくセラピストというのは基本そばにいるだけで患者さんにとっては安心・安全ということで・・・ともかく・・・」
達之介「ちょっ、ちょっと待って!少し混乱気味で何を言っているのかわからなくなってきたわよ。そうね・・・実は今かおりちゃんと次郎君は同じ視点からの話をしてくれたわね」(第9回に続く)
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2019年5月21日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第9回)
 「実は今かおりちゃんと次郎君は同じ視点からの話をしているのよね。それは、セラピストの立場からみたセラピストの役割よ」達之介さんはそこで一息ついた。
 「一言良いですか?」突然佐藤先輩が発言した。「次郎君の指導なんだけど、指導すること自体ではなく指導のやり方に問題があったと思う。」佐藤先輩は僕の方を見た。「ただ闇雲に『脚をまっすぐに振り出して』と言ったってダメなんだ。それはセラピストではなくて、素人の振る舞いなんだ。患者さんは本当は少しでもきれいに歩きたいと思っていると思うよ。だから患者さんの納得できる説明をしなきゃ、ダメなんだ。だからセラピストならまず振り出しが悪い原因を考える必要がある。そのために姿勢全体を見る必要があるんだよ。少し前かがみだったりすると患側下肢の振り出しは難しくなる。だから『もう少し胸を張ってみましょう。そうすると脚がもっとよく振り出せますよ』と指導することができるんだよ」佐藤先輩は僕をじっと見つめながらそう説明した。僕は身動き一つできなかった。かおりちゃんが「そうよ!」と言わんばかりに僕を見下すような目つきで見つめてくる。僕は自分のダメさにいたたまれなくなって小さくなったが、かおりちゃんの視線には少し腹が立った。「そんなことじゃないんだ」という思いがあった。
 「アラー、佐藤君、ステキ!さすがだわ!」と達之介さんがいきなり大きな声を出して褒めた。佐藤先輩不意を食らって驚き、少し顔を赤らめた。
達之介「佐藤君の指摘はとても参考になるわね。みんなも参考にしましょう。ではもう一度かおりちゃんと次郎君の視点の話に戻るよ。
 かおりちゃんは佐藤君の仕事ぶりを見て、『凄い、セラピストとしてこんなふうに立派に振る舞っている』と感じたんでしょう?」達之介さんはかおりちゃんに向かって聞いた。
かおり「ええ、そうです。凄い先輩だと思いました。セラピストはこうでないといけないと正直思いました。比べて私は何もできないので、こんなふうにできたら良いなと思いました」かおりちゃんはハキハキと答えた。
「一方、次郎君も・・」と達之介さんは僕の方を向いた。
「実習生時代の経験で、患者さんと歩いているときにセラピストとして何かセラピストらしく指導しないといけないと強く感じて、そう振る舞ったのよね?」
「はい、そうです!」僕もかおりちゃんを真似てハキハキと答えたつもりだが、変なアクセントになってしまって、心の中で嘆いた。
達之介「これはね、二人ともセラピストとしてどう振る舞うかという視点だと思うの。もちろんセラピストだから、セラピストの視点を語るのは当然だけど、ここでは視野を広げる意味で患者さんの立場からもこの問題を考えた方が良いと思うのよ」
佐藤先輩「患者さんの視点から?」(第10回に続く)
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2019年5月28日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第10回)
佐藤先輩「患者さんの視点から?」
「そう、患者さんの視点から少し考えてみましょう」と達之介さんは答えた。「誰か意見はないかしら?」
 しばらく沈黙が続いたが、佐藤先輩が再び口を開いた。「僕がいつも訓練をしていて感じるのは、患者さんは別に歩ければ良いと思って歩いているわけではなく、いつでも少しでも普通に、健常者のように歩きたいと思っていると言うことですね。だって誰だってそうでしょう?もし達之介さんが片麻痺になったとしたら、少しでも格好良く歩きたいと思うんじゃありませんか?」佐藤先輩は先ほどの発言を褒められたせいもあるのか、強気に自信一杯に胸を張って達之介さんを見つめた。
達之介「ふーむ、確かにそう思うかもね・・・でも逆に言うと、もし健常者のように歩けないんだったら、歩かなくても良いとは考えないと思うよ。どんな形でも、歩けたら良いなと思うんじゃないかしら?」
佐藤先輩「それは歩きたいけど・・・それでも少しでも健常者の歩き方に近づきたいんではないでしょうか・・・」
達之介「そこが難しいところなのよね。多くの患者さんが言うように健常者の歩き方というのは元気だった頃の歩き方で、そこから少しでも違うともう健常者の歩き方じゃないのよね。目指すべき目標はいつもとても狭い範囲にあるの。実際、患者さんはどこかの部位の動きが健常に近づいたかどうかなんてわからないと思うのよ。もし仮にある身体の部分の動きの形が健常者に近づいているとしたら、それは外から運動の形を見てわかることよ。つまりそれは外から形を見ているセラピストの視点なのよね。それは患者さんにとっては、セラピストつまり他人の視点を通して与えられた意味や価値だわ。セラピストが指摘することでかろうじて意味を持ったりする程度のことよ。でも結局患者さんにわかるのはまだ健常な歩行の形ではないということよ」
佐藤先輩「そ、そんな・・・患者さんは運動の形はわからない?・・・」
達之介「そう、患者さんは歩きやすくなったか、歩きにくくなったかの変化はとても良くわかっておられるわ。歩きやすくなったらとても喜ばれるもの。
 でも健常の形に近づいたかどうかはセラピストに言われてはじめてわかることね。実際の体験は、歩行を生み出すのに必死で、健常の頃とは違って歩行がとても困難だということ。体験の中では形の変化は問題ではなく、むしろ楽に歩けることが健常の頃に近づいている実感だと思うのよ。つまり患者さんの立場から言えば、楽に歩けることがとても大事だってこと」
 「いや、僕が言いたいのは・・・」佐藤先輩は慌ててなにか言おうとして詰まってしまった。達之介さんが後を継いだ。「そうね、佐藤君は健常者のように歩きたいという患者さんの気持ちに寄り添っているのよね」佐藤先輩もうんと頷いた。
達之介「ところでこんなことはないかしら?佐藤君が胸を張ってと指示するじゃない?そうすると直後にはそうされるけど2-3歩も歩くとすぐに元の姿勢に戻られるとか。そして佐藤君の訓練を受けているとき以外は、ずっと悪い姿勢でいるとか・・・」
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2019年6月4日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第11回)
達之介「ところでこんなことはないかしら?佐藤君が胸を張ってと指示するじゃない?そうすると直後にはそうされるけど2-3歩も歩くとすぐに元の姿勢に戻られるとか」
佐藤先輩「それはそうです。指示してもすぐには改善しません。でも小さな変化は起きます。だからそれを繰り返し行うことが重要です。何度も何度も繰り返し行うとやがて持続的な変化になると思います」
達之介「うーん、小さな変化は揺らぎである可能性が高いのよ。小さな一次的な変化に見えるけど、実は平均の範囲内で変化とは言えないような動きのこと。たとえば松の枝にそよ風が当たると枝は揺れる。でも風が止めば元通り。変化に見えても平均値内の動きってこと。とても構造的な変化は起きないのよ。つまり揺らいでいるだけ。逆に海岸線で常に風に吹き付けられる、つまり持続的で強力な変化なら構造的な変化を起こすわね。でも揺らぎはいくら繰り返しても揺らぎでしかないの。だから『一見して小さな変化を繰り返すとやがて持続的な変化になる』という前提を無条件に信じないことね」
佐藤先輩「揺らぎですか・・・・」
達之介「もう一つ、今度はもう一度患者さんの立場から考えてみましょう。たとえば患者さんは麻痺があって力が出ないわよね。それに身体が硬くなって棒のようになっているわね。良いかしら?」
佐藤先輩「ええ」
達之介「そんな状態の中で、なんとかかんとか精一杯の努力をして歩いているのね。つまり何とか歩いているだけで余裕がないのよ。それは運動変化の可能性、選択肢がない状態、指示された運動変化を起こすだけの余力がないの。だからやる気はあっても指示に応える力がないのよ。あっても極めて少ない、だからすぐに元に戻ってしまう。患者さんはともかくできるように歩くのに必死だからね。変化の可能性がない状態とか他の運動を行うための選択肢がない状態で、セラピストが口頭で指示をするのは大抵の場合、揺らぎを起こして終わってしまうんじゃないかしら」
佐藤先輩「いや、だから繰り返せば・・・」
達之介「つまり構造的変化を起こすまで繰り返すということだと思うけど、1日20分の訓練のなかで、『胸を張って』と言って2-3歩胸を張って、それを何回か繰り返してそれが可能かしら?」
佐藤先輩「だってそうするしかないじゃないですか!」佐藤先輩の声が大きくなってきた。「他にはやりようがないじゃ無いですか!」
達之介「だから繰り返し、繰り返し注意する?でも何度も注意される方はどうかしら?さっき次郎君が何度も注意されて腹を立てた患者さんの話をしたわよね。『わかった、言う通りにするからまず麻痺を治してくれ』ってね。今自分にできる最大限のことを一生懸命に努力しているのに、それが他人から繰り返しダメだと言われたり、否定されるということでしょう?さらに到底できそうにない課題を繰り返し要求される・・・それはもう腹が立つやら、情けないやらという絶望的な状態にならないかしら?」
 佐藤先輩も回りのスタッフもみんな黙り込み、俯いた。僕も自分が恥ずかしくなってしまった。僕はセラピストとしてどう振る舞うかという視点しか持っていなかった。患者さんの視点なんて考えもしなかった。ふと見るとかおりちゃんもうなだれている。
佐藤先輩「でも、そんなことだったら、僕たちはどうしたら良いんですか?」(第12回へ続く)
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2019年6月11日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(第12回)
佐藤先輩「でも、そんなことだったら、僕たちはどうしたら良いんですか?指示を出すなってことですか?」
達之介「いいえ、あたし達の仕事って、基本指示を出す、つまり運動課題を提案することよ。だから指示を出すことは間違っていない。でも指示の内容、つまりどのような運動課題を設定しているかに問題があるの。
 患者さんの状況を考えないで、セラピストの想いが課題の内容になりがちなの。たとえば健常者の動きを真似するような課題。運動の余力のない患者さんが繰り返し失敗してしまうような運動課題を安易に設定しがちなのよね。
 障害を持つということは、課題達成のためのリソースやスキルが貧弱になると言うことなの。これを『運動余力の貧弱化』というの。運動余力が貧弱になっている片麻痺の方が、なんとかかんとか努力して歩けるようになられる・・・・これはこれでとても大変なこと、尊敬するべきことよ。でもこれをセラピストの視点から健常者の歩行の形と違っているからと安易に『それではだめ、間違っている』と否定するのはどうかしら?むしろ健常者の形に近づけるよりは、より楽に歩けるようになる運動課題設定を考えるべきね。それがプロの技じゃないかしら?セラピストはしばしば健常者の運動の形を目標にしがちだけど、患者さんの状況にとって適切かどうかを考えることが重要ね。
 だから課題設定のコツは、まずは設定する課題が患者さん自身の役に立つ、価値があると患者さんが感じられること。次に繰り返し行うことで変化を感じられる課題も大事。さらに挑戦的ではあるけれど何とか達成可能な課題よね。そうすれば患者さんだって成功経験を繰り返すし、達成感を感じることができるし、結果、意欲も高まったりするのよ。
 あとセラピストが知っておかないといけないことは、運動課題には要素課題、動作課題、行為課題という3種類のものがあるのよ。患者さんの問題解決や課題達成に向けて、適切な運動課題の組み合わせを考えないといけないの」
佐藤先輩「・・・・具体的にはどんな課題を設定するんですか?どうやるんですか?」
達之介「それは明日以降に議論を進めていきましょう。今説明した内容はCAMR、これはカムルと呼ぶんだけど、Contextual Approach for Medical Rehabilitationを短縮したもので、日本語で言うと『医療的リハビリーテーションの状況的アプローチ』の内容よ。
 CAMRはシステム論を基にした日本生まれの医療的リハビリテーションアプローチなの。特徴は問題の原因を探ってその原因にアプローチするのではなく、問題が起こる状況を理解し、その状況を変化させることで問題を解決するということ。もう一つは運動システムの問題を考えるとき、セラピストや患者さん、さらには運動システムなど複数の視点から問題の状況を考えることかしら。
 もちろん生まれてまだ間がないアプローチなので未熟なところも多くってね。あなたたち若い人達の力がこれからドンドン必要なの。だから学ぶというよりは一緒に考えて作り出していって欲しいの。お願いね!」達之介さんはウィンクしながらそう締めくくった。幸生主任が素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出した。「おやおや、もうこんな時間かいな。では今日はこれくらいでお終いにしましょう。それではお開き!」
 勉強会は唐突に終わった。達之介さんも主任も話ながらその場を去って行く。取り残された僕たちは煮え切らないというか、割り切れないような感情を持ちながらのろのろと動き出した。(続く)
#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)#

2019年6月18日

Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「誰の問題?誰の目標?」(最終回)
 勉強会の後、更衣室へむかっているとかおりちゃんが話しかけてきた。「次郎君、今朝はごめんね、あんなこと言って。今日はとても勉強になったわ。やはり勉強会を開いてもらって、いろいろモヤモヤしたものが吹き飛んだし、新しく視界が開けたような感じもしたの。まだよくわからないところも多いんだけどね。
 思ったんだけど、私は自分のセラピストとしての立場ばかり考えてて、純子さんのことより自分がどう振る舞うかばかり考えてたの。セラピストとしての問題と目標ばかり考えていたんだわ」
僕「僕もそうだよ・・・もちろんそれは大事なことだと思うけど・・・」僕は何とか答えた。
かおり「うん、そうね、だけど・・・それだけじゃダメね。相手の立場を考えるってよく言われるけど、そのためにも視野を広げるというか、今日やったように、いくつかの視点から眺めることが大事なのかも・・・うん、頑張る!」かおりちゃんは両手を握って力を込めたポーズをとった。可愛い!そう思ったとき、急に何かを思いついた。
僕「そう言えば問題解決は原因を見つけて原因を何とかすることだと思ってた。それしか知らないから、それが正解で他の答えがあるなんて思いもよらなかった。今は達之介さんから状況を変化させることで問題を解決する方法を学んでるよね。システム論の視点に立つことは、システムの内部からシステムの作動を見ることだって・・・・」
かおり「私は聞いてないよ。そんな話はどこでしてるの?」
僕「時々、仕事後に達之介さん達とお酒を飲みに行ってるんだ。ルミルミさんというバーテンダーがいるとても感じの良いお店で・・・かおりちゃんも参加する?次の日程はまだ決まってないけど・・」
 「もちろん!嬉しいわ!決まったら教えて!これからもいろいろ教えてね!じゃあ、お疲れ様!」とかおりちゃんは更衣室へ向かう。
 みんな話ながら更衣室へ向かっていて、その場には僕一人残されていた。まあ、僕はかおりちゃんと仲直りできたし、次は一緒にお酒が飲めるかもしれない。トントン拍子に話が進んだ。とても幸せな気分だ。頭はなんだか混乱気味だけど、まずはめでたし、めでたし・・・・

 着替えた後、駐車場へ向かう途中、廊下の交叉する場所の自動販売機の陰から話し声が聞こえてきた。よく知った声に思わず立ち止まった。
幸生主任「・・佐藤君はどうでした?」
達之介「思った以上だわ。頭は良いけど、いかにも頑固そうで議論を拒否するのかと思ったけど、人の意見を聞き入れる柔軟性と包容力、理解力がある子だわね。冒険だったけど思い切ってストレートに伝えて良かったわ。まだこれから様子を見ていく必要はあると思うけどね。これで勉強会の方向性が少し見えてきたかも・・・」
 声は遠ざかってやがて聞こえなくなった。「フーン、あの二人はああいう話もしてるんだ・・・」と思った。僕は佐藤先輩の仕事熱心なところとちょっと硬くるしい雰囲気がなんだか好きなので、達之介さんが佐藤先輩のことを褒めていたのは少し嬉しかった。一方で「僕のことはどう思われているんだろう・・・」と気にもなった。(終わり)※来週からは第6話「リハ科少年探偵団」が始まります(^^)