「Camrer(カムラー)第六話「リハ科少年探偵団」
2019年6月25日
Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第6話「リハ科少年探偵団」(第1回)
達之介「たとえば一度泳げるようになると泳げなかった頃のようには戻れないでしょう?また一度自転車に乗れるようになると、やはり自転車に乗れなかったようには振る舞えない。これが運動システムの性質の一つよ。一度あるプロセスを経験すると、そこで生まれた変化で運動システムはみかけは同じでも作動については新しいシステムに生まれ変わってると考えたら良いかしら」
佐藤先輩「えーと、つまり元には戻れない、と」
先ほど佐藤先輩が「脳性運動障害で壊れた脳細胞が再生したら、人の運動は元の健常な頃に戻るのですか?」と質問したことへの達之介さんの答えだった。あの勉強会以来、昼休みには佐藤先輩と達之介さんはいつもこんな議論をしている。達之介さんは続ける。
「片麻痺では身体の半分くらいの広範囲に麻痺が現れるでしょう。そうすると麻痺のある半身はもちろん麻痺のない半身も役割を変えて動くというプロセスを経験するの。様々な要素が広範囲に役割を変えて作動を変化させるわけ。たとえば患側下肢を振り出すために体幹の伸展や健側下肢を中心にした分回しを行うようになるのよ。そのような広範囲に大きな変化を経験する。そんな大きな変化を経験した運動システムで、もし元々壊れた脳細胞が再生したからといって元に戻るなんてとても考えられないわ。もちろん発症後、動く前に再生が可能ならまた話は別だけどね。
元に戻るというイメージは機械のイメージね。たとえば歯車が一つ壊れる。だからといって他の部品が役割を変えて作動を変化させて、働き続けることはしないからね。そこで止まっちゃう。そこで壊れた歯車を取り替えるとまた元通りに動き出す。機械は他の要素や部位が役割を変化させて作動し続けることはしないからね。人の運動システムはここが機械と大きく異なるところ」
健介「では脳細胞が再生したとしたらどんな感じになりますかね?」
達之介「うーんと、それはね、想像でしかないけど・・・あら、海(かい)ちゃん、どうしたの?」
達之介さんの視線の先に、さえない表情の海先輩がいた。部屋の入り口でドアに手をかけたまま立ち止まっている。海先輩は3年目の理学療法士だ。
海「あの・・・・」とゆっくりと部屋に入ってきた。元気がない。達之介さんに勧められた椅子に腰掛け、前かがみになってひそひそと喋り始めた。
「実は今、更衣室のロッカーにいってみたら、僕の財布から1万円が盗まれたようなんです」
皆が一様に驚いた。
佐藤先輩「どうして、また・・・・間違いは無いのか?」
海「ええ、今日は携帯を買うために10万円を財布に入れてきたんです。家を出る前ももう一度数えたから間違いないです。今見たら9万円しかなくて・・・」
健介「海の勘違いじゃないか?俺もそうだけど海もおっちょこちょいだろう。俺もこの間スーパーで財布にお金が入っていると思ってたらやはり一枚足りなくてさ、レジで商品を戻してもらったことがあるよ」
僕「ああ、僕も先日思ってたよりお金が少なかったですけど、よくありますよね」
海「いや、いつもなら僕もそう思うんだけど、今日だけは特別、自信があるんですよ。家を出る前にも確かめたし、間違いない」海先輩はさらに頑張って主張しようとしている。(第2回へ続く)
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2019年7月2日
Camrer(カムラー); 状況を変化させるもの; 状況変化を起こし、問題を解決に導くもの
第5話「リハ科少年探偵団」(第2回)
達之介「どうしてそんなに自信があるの?」
海「財布にはお札が全部で11万4千円入ってました。そして1万円札が一枚だけ無くなって10万4千円になってたんです。これが不思議なんです。携帯の支払いに10万円、間違いなく何度も数えて、メモ用紙を二つに折ってお金を挟んだんです。そして折った方を下にして財布に入れました。これは間違いない。そしてその束のそばに1万4000円を入れてたんですけど、こちらの1万円がなかったら『ああ、入れ忘れたんだ』と思うところなんだけど、間違いなく何度も数えてメモに挟んだ10万円の束から一枚なくなって9万円になってるんで間違いないと思うんです」
佐藤先輩「なるほど、間違いないんだな?」
海「はい!」そんなにはっきりと自信があるのなら間違いないのかもしれないという思いをそこにいた全員が持った。
佐藤先輩が「間違いないんだったら、事務長に相談してみるか?」と重々しく言った。
「ちょっと待って!」達之介さんが口を出した。
「もし本当に犯罪なら、犯人はなかなか自制心があるし頭も良さそうよ。一枚しか抜かないという手口がね。もしかした健介君も次郎君もロッカーに鍵をかけないタイプじゃない?」
「ええ、そうですね」「僕もそうです」と2人が答える。
達之介「海ちゃんもそう?」
海「そうです」
達之介「犯人はおっちょこちょいで暢気そうな人を対象にしてるんじゃないかしら。定期的にロッカーをチェックして、お札がある程度あるときに一枚抜くっていうやり方をしてるんじゃないかしら?」
僕「ええっ!僕ももしかしたら一枚ずつ抜かれてた?」
健介先輩も驚いた顔をしていた。
海先輩がにやっと笑って言った。「ほらほら、僕だけじゃないかも、ははは・・」
佐藤先輩「こら、海!なに暢気なこと言ってるんだ。まったく、みんな揃いも揃って困ったもんだ。ロッカーには鍵をかけておくべきだろう。それじゃ、盗られた方にも責任があるぞ」
達之介「まあまあ、まだ想像だからね。実際にあたしの経験を言うとね、前の職場でも二度ほど盗難事件があったのよ。財布からお札を全部抜かれてね。そして警察がきて財布やロッカーについた指紋やDNAを調べたりしたのよ。それから数ヶ月経ったけど指紋もDNAもはっきりと検出されなかったの。犯人だってある程度警察の手続きは知ってるだろうし、あたし達の職場ではプラスチック手袋はよく身につけてるしね」
海先輩「犯人逮捕は難しい?」
「そう!だからね、あたし達で犯人を捕まえるのはどう?」達之介さんはそう言ってニヤリと笑った。
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2019年7月9日
Camrer(カムラー); 状況を変化させる人; 状況変化を起こし、問題を解決に導く人
第6話「リハ科少年探偵団」(第3回)
「あたし達で犯人を捕まえてみない?」達之介さんはニヤリと笑った。場がにわかに色めきだった。
海「良いですね!」
健介「やりましょう!」
僕「良いですね、達之介さんと少年探偵団ですね!」
海「少年はおかしいだろう!青年探偵団?」
健介「いや、少年探偵団が良い!俺、昔は少年探偵団に憧れてたから!だから少年探偵団でいこう!リハ科少年探偵団!」
今思うと、言い出しっぺの達之介さんを始めとして僕たち3人も相当脳天気である。犯罪の被害者かもしれないのにもう面白がっている。
「それは面白そうだけど・・・・いやいや、いろいろ問題があるよ。犯人逮捕って同僚を疑ったりして精神的に良くないよ。警察に任せた方が良いんじゃないか?」1人冷静な佐藤先輩の言葉に達之介さんを含む僕たち4人はすぐにシュンとした。
でも健介先輩がおずおずと話し始めた。「でもさっきの達之介さんの話だと、警察に言っても見つからない可能性も高い訳でしょう?警察が来れば、結局スタッフ間に疑心暗鬼が発生して気まずくなる訳だし・・・今新しいスタッフが2人入ってきているからまずその人達が居心地悪いと思うんですよ。それよりは自分たちで秘密裏にやった方が良いかもしれませんよ」
佐藤先輩もしばらく考え込んだが、「それではどうなるかわからないけど、いろいろと思慮深く進めるという条件なら賛成する。どんなことが起こるかわからないから、軽率な行動はしないとみんなが誓うんならね」
みんな頷いた。達之介さんも頷いている。頷いてはいるけれど、実はみんな、なにも考えてはいないんだろうなと思った。僕がそうだから。なんだか達之介さんより佐藤先輩の方が年上の振る舞いに見えておかしかった。
達之介「ではどうやって、犯人を見つける?」しばらくみんな考え込んだが、やはり佐藤先輩が口を開いた。
「健介や次郎がお金が足りなかった日を憶えてるか?少なくともそれらの日と今日の全てに出勤しているタッフにはまず絞り込めるかな」
「なるほど!そうですね!」海先輩がそう言って健介と僕を見た。
健介先輩はじっと考えていたが、「うーん、1ヶ月くらい前になるのではっきりしないなあ。次郎はどう?」
僕「イヤー、僕も先々週位で何曜日だったか憶えてません」
佐藤先輩「まったく暢気で役に立たないなあ・・・とはいえ、それは状況証拠にしかならないからな。やはりこういった場合、指紋やDNAなどの物的証拠がないので犯人逮捕は難しいんじゃないかな・・・」
見通しの暗さにみんなため息をついたが、達之介さんが1人ニコニコしながら言い放った。
「あらあら、わかってないわね。Camrer(カムラー)は犯人なんて探さないわよ。状況変化を起こして犯人自ら出てきてもらうようにしましょうよ!」
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2019年7月16日
Camrer(カムラー); 状況を変化させる人; 状況変化を起こし、問題を解決に導く人
第6話「リハ科少年探偵団」(第4回)
達之介「あらあら、わかってないわね。Camrer(カムラー)は犯人なんて探さないわよ。状況変化を起こして犯人自ら出てきてもらうようにしましょうよ!」
「そんなことできるんですか!?」さすがの佐藤先輩が驚きの声を挙げた。
達之介「できると思うわ!CAMRの特徴はなにかしら、健介君?」
健介「えーと、問題の原因を探すのではなく、問題発生の状況を理解し、状況を変化させて問題を解決する?」
達之介「その通り!CAMRは問題発生の状況を変化させ、問題を起こさないようにできるけど、逆に条件を整えて問題を発生しやすくすることもできるわ。今回は犯人を捜す訳だけど、佐藤君がいったみたいに、様々な要素の中から、共通の出勤者を探すのは一つの方法よね。でもそれは状況証拠にすぎない。たとえ出勤しているのが一人に絞り込めても犯行が可能であると示せるだけ。おまけに指紋やDNAは使えないからね。つまり今回の状況の中では、証拠を集めてそれらを基に推理して犯人だと証明することはできないのよ。
だから今回は犯人に現れてもらうしかないのよ。つまり犯罪発生の状況を理解して逆に犯人をコントロールするというCAMRの手法の出番よ」
「な、なるほど!」今回初めて佐藤先輩の目が光った!佐藤先輩が漸く仲間になったような気がした。
達之介「まず健介君、今回の犯罪の発生する状況はどのようなものかしら?」
健介先輩はしばらく考え込んでいたが、何かおもいついたようすで話し始めた。「えっと・・・まず犯人はおっちょこちょいでロッカーに鍵をかけない脳天気で軽率な人を対象にしているんじゃないかと・・・なんだか自分がバカみたいでイヤになりますね、へへへ・・・」と情けなさそうに照れ笑いをして続けた。「犯人は財布を調べてある程度お札の数があるときに一枚だけ抜く、と想像できます・・・そうすると盗られた人は犯罪とは気づかず、自分の勘違いだと思う・・・」
佐藤先輩が後を続けた。
「なるほど・・・もし、盗られた人が次からロッカーに鍵をかけたり、事務長に報告するとしたら、それは犯罪の認識を持ったことになるので犯人は犯罪がばれたかどうかの状況を判断することができるわけだ。そして犯人の期待通り、いつまで経っても3人のロッカーに鍵がかけられることはなかったわけだね。ということでまだ誰も気がついていないことにするのが重要だな。それに先ほどのいつお金がなくなったかだけど、健介も次郎も数週間の間隔が空いているようだね。本当に頭の良い自制心のある犯人ならあまり頻繁には犯行を犯さないだろうからね。まあそれも想像に過ぎないけどね。犯罪はない可能性だって未だにあるからね」佐藤先輩はあくまで冷静である。
達之介「うん、では次に現場の状況を考えてみて。海ちゃん、どうぞ!」
海「うーん、男子更衣室は・・・デイケアの中でも利用者洗面所の奥の人目につかないところにあります。利用者洗面所は昼食後やおやつ後の口腔ケアの時だけ利用者と職員が集まるので、普段はあまり人が近づかない。ただし男女の職員トイレが一つずつ更衣室の正面にあって、そこには職員が時々用を足しにいきますよね・・・犯人はトイレに行ったときについでに辺りの様子をうかがってから気づかれずに更衣室に入ることができます。つまりトイレに行ったと自然に振る舞うことができます」
達之介「なるほど。では犯行が行われる時間は?次郎ちゃん?」
僕「海先輩は昼休みに気がついたので午前中の可能性が高いです。確かに午前中は来所からお茶出し、バイタルチェック、入浴、入浴後の飲水、口腔体操、リハビリなどと流れが決まっていてどんどんスケジュール通りに進んでいくのでみんな忙しいですよね。職員のトイレ回数も少ないように思います。犯行にはうってつけかと」
達之介「なるほど、良いわね、少年探偵団!なかなか優秀よ!」
健介「今、思いついたんだけど、想像するので良いならプロファイリングってどうですか?」(第5回に続く)#システム論 #因果関係論 #原因解決アプローチ
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2019年7月23日
Camrer(カムラー); 状況を変化させる人; 状況変化を起こし、問題を解決に導く人
第5話「リハ科少年探偵団」(第5回)
健介「今、思いついたんだけど、想像するので良いならプロファイリングってどうですか?」
佐藤先輩「様々な一般的なデータを基に犯人像を推論するみたいな感じかな?クリニカルリーズニングの練習になるかな?でもクリニカルリーズニングもそうだけど、事実を基に根拠のある推論をするってことで、今回のようにわかっている事実が少ないと単なる空想に終わってしまうんじゃないか?」
健介「でも今も空想してるじゃないですか?」
達之介「うん、なるほど・・・健介、何かおもいついたから言いたくてしようがないんでしょう?」
健介「えへへ、実はそうなんです。僕の思いつき、じゃなくてプロファイリングを聞いていただけますか?えーと、まず犯人は黄色人種で20代から30代の男性です」といってニヤリと笑う。
海先輩がすぐに笑って突っ込んだ。「アメリカのFBIもののテレビドラマの真似ですね。人種と年齢と性別を最初に必ず言いますもんね。受けねらいですね」
佐藤先輩も口を挟んだ。「もしかしたら女性の可能性は?」
「エヘン!」と健介先輩が落ち着いて胸を張って咳払いした。「犯人は自制心があって頭も悪くないようです。もし女性ならいくら人が来ることが少ない時間帯といっても一度でも男子ロッカーで見つかってしまうと疑われてしまう。だから女性だとするとわざわざ男子ロッカーに危険を冒してまで忍ぶ込むことは犯人像と矛盾します。女子ロッカーは奥の離れた場所にありますからね。だからいつ見られても問題のない男性かと」
佐藤「なるほど。そうだね、男性の可能性が高い」
気を良くした健介先輩は更に続ける。
「そして犯人はお金が欲しいわけじゃない。ただ単に人に気づかれずに犯行を犯しているのが楽しいんじゃないか?」最後をとても強調した。確かに言われてみればそうだ。お金は沢山あっても少額しか取っていない。もし盗んでいるとしたら、被害者が気づきにくい額だろう。健介さん、鋭いと思った。
しばらく間があったが佐藤先輩が聞いた。「それで?」
健介「えーと、今はここまで!」みんなずっこけた。
海「そこまで?」
健介「でもなんとなく良いだろう?本物のブロファイラーみたいじゃなかった?」海先輩に賞賛を求める。
海「ええ、まあ・・・」
達之介「確かにそうかもね。たとえば犯人は計画を立てることが好きで、それを実行して、自分の能力を確かめているかもしれない。しかもそれを人にひけらかさない。目立つことを嫌って自分自身の満足のためだけにやっている感じだわ。おそらく犯罪があるとばれたらすぐに止めるつもりかもね。なかなか複雑な性格のようね。自分の能力は自分だけで証明して1人で喜んでいる感じ・・・でも普通は世間に知られて自分の能力をひけらかしたいんじゃないかしら?・・・ここまで具体的にいろいろ想像すると誰か心当たりの人が浮かんだんじゃない?」
健介「ええ、確かに・・・目立つことを嫌うってところで」
達之介「他のみんなも同じ人ではないにしてもそれぞれに誰かを想像したんじゃない?」
僕「僕も具体的ではないけど、なんとなく思いついた人がいます。計画を立てるのが好きってところで」佐藤先輩も頷いた。
達之介「プロファイリングは実際には蓄積されたデータベースを基に推論するんだけどね。犯人捜しは予め犯人に当たりをつけるので、作業を進めるのに有効だけど、先入観でミスリーディング、つまり誤りへ導くことも起きやすいものよ。もちろんうまく機能する可能性も高いけど、リスクも高くなる・・・ねえ、ちょっと横道に逸れるけど、最近感じているクリニカルリーズニングの気になることをちょっと言っていいかしら?」(第6回へ続く)#システム論
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2019年7月30日
Camrer(カムラー); 状況を変化させる人; 状況変化を起こし、問題を解決に導く人
第5話「リハ科少年探偵団」(第6回)
達之介「ねえ、最近感じているクリニカルリーズニングの気になることをちょっと言っていいかしら?」
佐藤「どうぞ!」
達之介「クリニカルリーズニング、つまり患者さんの訴えや病状から現状を推理することは私たちの基本の仕事の一つよね。集まった証拠を基に根拠のある推論をするっていうこと。この推論を基に証拠集めや適切な治療を加速して効率よく行える。臨床家はこれを繰り返すことで次第に効率的な訓練を行える。でもこれは元々みんなやってたことじゃない?集めた評価を基に現状を推察し、更に具体的な評価をやってね、治療をして確かめてみる訳じゃん。別に新しいことではないのよね。
でもさ、わざわざ横文字のタイトルつけて、根拠のある推論なんて言って少し権威づけてる雰囲気も一部であるのよね。そうすると『クリニカルリーズニングやってます』とか『意識してます』なんて言うと、普通より、より正確な推論をしているみたいに勘違いさせたり、そんな凄いものがあるんだという錯覚を持たせちゃう感じじゃない?」
佐藤「ああ、なるほど。確かに推論の手順や推論の基になる視点などは個人ごとにバラバラだろうけどみんな元々やってることですよね」
達之介「そう、でも実は推論に過ぎないからそれ相応のリスクもあるのよね。それをクリニカルリーズニングというタイトルつけて、『僕はキチンとクリニカルリーズニングやってます』って錦の御旗振り回すような態度をとる人がいることがとても心配なのよ。『事実を積み重ねて根拠のある推論をした』って言葉に自信を持つこと自体がとても危険なことだと思うのよ。そんなことを平気で自信を持っていう人は、結局人の言うことを聞かない自己中心的な態度を形作ってる人なんじゃないかしら。つまりリスクの部分があまり認識されていない。『自信はバカを作る』という言葉もあるくらい。
あたし達の仕事で一番怖いことの一つは、一つのアイデアに過ぎないものを真実と思い込んで突っ走ること。あたしのように長く続けてるとね、何度も何度も思い込みの罠にはまって、手痛いしっぺ返しを食ってるものよ。だから推論しながら、『もしかしたらまた間違っているかも。所詮推論だからね』という恐れを常に持つことがとても大切なのよ、実感として。
それに結局は説得力のある説明をしなさいっていってるだけだからね。でも説得力って聞き手の視点や立場によって随分変わるものよ。たとえば因果関係論に馴染んでいる人は、きれいな因果関係が成立しているだけで感激して信じちゃうかもしれない。
でも世の中、人の身体のような複雑な現象で、きれいな因果関係が見られるのは他の様々な都合の悪い重要な事実を切り捨てていると疑っている人には逆に胡散臭く感じられるんじゃないかしら。結局視点の同じような人達が集まって、クリニカルリーズニングを持ち上げるなんてことも起きるんじゃないかしら」
佐藤「なるほど。確かにクリニカルリーズニングの定義を聞くと凄いと思うし、それを習ったら自分が凄くなったように思うけれど、逆にそのような権威づけのようなものが一種のより強い幻想を生み出して欠点を気づきにくくしているかもしれないと言うことですね」
達之介「あら、まあ、そういうこと。あなた、賢いわね。たださんざん文句を言ったけど、評価を基に推論することはあたし達の仕事の基本だし、それ相応のリスクもあるということさえ忘れなければとても大切なことよ。元々間違っている可能性も織り込み済みならね。もちろんクリニカルリーズニングの長所と欠点を意識してキチンとやっている人もたくさんいるけどね」
さて、健介希望のプロファイリングも行なったし、あたしも日頃の思いをぶちまけちゃったし、そろそろ良いかしら、犯行の状況は大体つかめたと思うわ。ではどうしたら良いかしら?」
こうして僕たちは計画を話し合ったが、昼休みはすぐに終わってしまったのでその日の夕方にまた集まった。みんな業務の合間に色々考えたみたいで、夕方にはたくさんのアイデアが提案され、議論され、計画が練られた。(第7回へ続く)#システム論
#因果関係論 #原因解決アプローチ #状況変化アプローチ #運動システム #CAMR #リハビリ #PT・OTが現場ですぐに役立つリハビリのコミュ力(金原出版)#
2019年8月6日
この度、CAMRのホームページやブログ、フェースブックでの内容を検討して大幅に再編成することになりました。「毎週火曜日の連続リハビリ小説!Camrer(カムラー)」は学術的というよりは趣味・娯楽的な性格が強いため相応しくないということになりました(^^;)残念です!これまで読んでくださった皆様、ありがとうございました(西尾)
Camrer(カムラー); 状況を変化させる人; 状況変化を起こし、問題を解決に導く人
第5話「リハ科少年探偵団」(最終回)
3日後から計画は実行に移された。と言っても大したことをしたわけではない。
健介さんの財布にはいつも一万円札を7枚、千円札を9枚入れている。これは達之介さんが貸してくれたものだ。僕たちは千円札だけで良いんじゃないかと言ったけど、こちらの方が全体の文脈から犯人が違和感を抱かないはずだという。全体の文脈とは健介さんがスロットで大勝ちをしているという噂を流すことだ。「良い?これあたしのお金だからね。あんたがうっかり忘れて使ったりするんじゃないわよ」と達之介さんが何度も念を押すのがおかしかった。
健介さんを選んだのは、被害が一番古いようなので次は順番的に健介さんが狙いやすいだろうと考えたのだ。
海さんと僕は、最近健介さんのスロットが好調だという話をスタッフルームや食堂でさりげなく行った。最初はぎこちなかったけれど繰り返す度に自然になる。僕たちはスロット店での健介さんの好調ぶりは100年に一度の幸運ではないか、昨日はいくら儲けたと言っては「奢ってくださいよ」などと言う。健介さんは「イヤー、実力、実力、今度ね」などと応えた。健介さんや僕たちのギャンブル話に不興を感じるスタッフもいるようで、健介さんを遠回しに非難する者もいた。3日間、1日に最低1回はこの話をした。その後は目立たない程度の会話になった。
5日目、最初の動きがあった。海先輩が午前中に職員トイレに向かう男性スタッフを見つけたのだ。頬を紅潮させて、達之介さんのところに近づいて耳打ちした。昼休みに健介さんと達之介さんが調べたけれど財布のお金は減っていなかったそうだ。
やがて6日、7日と経ったけどなんの事件も起きなかった。僕たちはジリジリとしながら待ち続けた。
そして8日目の午前中にそれは起きた。午前の訓練中、海さんがさりげなく達之介さんのところに小走りで近寄った。小声で耳元で囁くと、達之介さんは「おちついて」と動作と共に小声で囁いた。
僕は気にはなったが、訓練があるので動けない。ふと見ると健介さんも達之介さんと海さんの方を見て気にかけている様子だ。さすがに佐藤先輩は訓練に集中している。僕も訓練に集中しないといけないと思った。
その訓練が終わると海さんが近づいてきて言った。「今入ったよ。3日前の人」
昼休みに健介さんが調べると1万円札が一枚無くなっていた。その日の夕方、達之介さんがそのスタッフに声をかけて一対一で話し合いを行った。彼はとても感じの良い30代、独身の男性スタッフだ。半年前からうちの施設で働いているが、おとなしく無口な印象だ。利用者さんへの接し方も丁寧で評判も良いし、集団でやるリクレーションもしっかりと卒無くこなしている・・・おとなしいけれど確かに能力はあるという感じの人だった。
ここからは概略だけを述べよう。少し気の重い作業だからだ。やはりなんといってもショックだったし、人間不信に陥ってもおかしくないような経験だった。
男性は最初とぼけていたらしい。そして「何を証拠に僕を犯人と決めつけてるんですか?」と次第に声を荒げてみせたという。達之介さんはノートパソコンで健介さんのロッカー内に仕掛けたビデオカメラの映像を流して見せたそうだ。映像には間違いなくその男性が財布を開き、一枚抜く姿が生々しく写っていた。
実は3日前にも彼のロッカー内の映像は撮られていた。彼は扉を開け、財布を取り出し中を確認してから元に戻した。その後更衣室を出るまでに時間があったので他のロッカーも調べていたのだろう。達之介さんはこの時の映像を見て、更にお札の数を増やすことを提案した。もし2回目に犯人がきたときに同じ額だと変に思われるからだ。結局健介さんの財布の中身は13万8000円となった。
それに犯人が絞り込めたため、出勤日と業務内容からどの日に犯行が行われるかは簡単に予想がついた。今日犯行に及ぶかもしれないと皆が予想していたのだ。
犯人の彼はさすがに青くなって、このビデオをどうするつもりかと聞いてきた。達之介さんはこれまでに盗んだ金を返せばこのビデオは公表しないというと、「それでは」と健介さんから盗んだ1万円を返してきたそうだ。しかも「なに、ギャンブル狂いの男の目を覚ましてやろうと思ってね」などと澄ましていったそうだ。達之介さんは彼の豹変に驚いたという。
達之介さんは続いて海先輩や僕のことにも触れたそうだが「知らない、本当に知らないです」といつもの人の良さそうな困ったような感じで言い続けたとのこと。達之介さんの目には白々しい演技に見えたそうだが、さすがにこちらには直接的な証拠がないので達之介さんも追求するのをやめたそうだ。達之介さんも人が良い。ビデオがあれば脅すこともできたろうに。まあ、それをしないところが達之介さんなのだろう。そこを男性につけ込まれたのかもしれない。
男性は翌日には体調不良を理由に仕事を休み、結局一度も仕事に出ることなく1ヶ月後には病気を理由に退職してしまった。誰もビデオを公表しようとは言わなかった。やはり気が重い。
退職の日、挨拶に来た彼は達之介さんに「良い人ですね。誰にも喋っていないらしいですね。ありがとうございます・・・そして、なかなか・・探偵ごっこは楽しかったでしょう?僕も今回はやられましたね。罠を張ったんですね。少しも気がつかなかった。でも楽しかったですよ」と、怒りも恨みも感じない、涼しげな目と笑顔で話しかけてきたとのこと。
僕はこの話を聞いて少し気味が悪くなった。おそらく他のメンバーも同じだろう。後味の悪い思いだけが残った事件だった・・・・実はこの後、彼のおかげで僕たちはとんでもない目に会わされるのだが、それはまた別のお話・・・(終わり)