その7 Contextual therapy(その1)

 久しぶりです。今回は最近読んだ論文Context therapy1)の紹介です。タイトルのContext therapy approachは動的システム論を基に組み上げた、Darrahらが提唱するアプローチです。脳性麻痺の子どもたちを対象に使われているようです。
 ちょっと驚くような内容なので、またまた寄り道して紹介します。
 では始めます。

Context therapyアプローチ

 Context therapyアプローチはシステム理論を基にした他のアプローチ、task-orientedやactivity-forcusedアプローチなどと概念を共有している。もちろん僕の提唱するCAMRもシステム理論を基にしているので共通する概念も多い。
 しかしシステム理論を基にした他のアプローチとも明らかに一線を画すところがあるという。それは、子供の身体能力や障害には直接アプローチしないという。アプローチするのは環境と課題だけである、という。身体能力を直接変化させるようなアプローチはせず、環境と課題だけを変化させることを目指すという。
 これだけでは少し分かりにくい。少し理論的背景を探ってみたい。
 
 Context therapy approachが基にしているのはシステム理論の中でも動的システム論Dynamic systems theoryというものである。これは子供の運動発達を説明するための理論で、Thelenらの有名な原始歩行の実験でも知られている。
 原始歩行は新生児の体幹を垂直に持ち上げて足部を床につけると、歩行様の運動が出ることが知られている。しかし数ヶ月もするとこの歩行様の運動は消失してしまう。
 階層型理論ではこの現象は次の様に説明された。「この歩行様の運動は原始反射の一種である。脊髄レベルでコントロールされる反射である。新生児は、大脳皮質が未成熟なので、このような原始的な反射が出てくるのだ。しかしやがて、大脳皮質の成熟に連れて原始反射は抑制あるいは統合され、消失してくる。この歩行様の運動の消失は、大脳皮質が成熟した証拠である。」
 しかしThelenらはそう考えなかった。原始歩行の消失した赤ちゃんをお湯の中につけたのである。そうすると再び原始歩行が出現した。彼女らはこの現象を次の様に説明する。「原始歩行が消失したのは、急成長する赤ちゃんの下肢の重量が下肢筋力を上回ったからである。つまり相対的な筋力低下を起こしたのに過ぎない。だからお湯に入れると浮力の助けを借りて筋力が再び下肢の運動を起こしたのだ」彼女たちはその考えに従って、赤ちゃんの下肢の重量増加に負けない様に、赤ちゃんの下肢の筋力強化を行った。そうすると実際に何ヶ月になっても、原始歩行と呼ばれる運動が消失することはなかった。
(その他にも面白い実験をいくつもしています。詳しくは上田正の論文に当たってください。最後に紹介しています。)
 このような実験を試みながら、動的システム論は運動発達について次の様な見解を提唱する。運動は機能的な課題によって組織化されるが、同時に3つのソース、子供のもつ特徴(筋力や柔軟性、バランスなどと意欲や注意力、認知力など)と課題の持つ特徴(扱う物の素材や大きさ道具などの特徴)、環境の影響(物理的なあるいは社会的な価値観など)の相互作用の影響を受けながら組織化される。
 また子供に新しい運動スキルを使った新しい運動を行う様励ますことが大事だとしている。子供の運動発達を見ると、新しい運動機能が発達するときには様々な新しい運動スキルを実験的に試すことが行われるからである。
 
 早い話、環境と課題を変化させると、子どもたちは自らの試行錯誤によって新しい機能的な運動を発達させることができる、と考える様である。(またセラピストが先入観によって導いた運動発達の方向性よりも、子どもたち自ら発見し、見いだす方向性はより大きな可能性に満ちている・・といったニュアンスを僕は彼らの文章に感じている)
 彼らのグループは他の論文で、子供の身体能力に直接アプローチするものとContext therapyの訓練効果を比較している。2) 128名の子供(年齢12ヶ月から5歳11ヶ月、平均3歳6ヶ月)を2つのグループ(子供の能力にアプローチ群71例、コンテキストにアプローチ群57例)に分け、6ヶ月間の訓練後、セルフケア、様々な運動機能テストなどの結果を比較した。ほとんどの結果で両群に違いは見られず、両者の訓練効果に違いはないとしている。(詳しいことは論文に直接当たってください)
 それならば、コンテキストにアプローチする方が特に優れているわけではない、と言われそうだが、彼らは効果に違いがないのだから子供や家族の状況に合わせてより相応しい方を使えば良い、と提案している。
 
 ただここで言う身体能力に焦点を当てるアプローチというのは、子供の障害を改善したり正常運動に近づけようとかいう日本でもよく見るアプローチとは違う。これは「障害の改善と正常化」に焦点を当てている。
 そうではなく、ここで言う身体能力に焦点を当てアプローチは、Context therapyと同様に、システム論を基に発達した「機能改善」に焦点を当てたいわゆるfunctional therapy approachのことである。最初に述べたtask-orientedやactivity-forcusedアプローチがこれに当たる。(この論文では、「機能改善」に焦点を当てたアプローチが「障害の改善と正常化」に焦点を当てたアプローチよりも「セルフケアや粗大運動の改善が著しい」とする研究も紹介している)
 結局システム論を基にした「機能に焦点」を当てたfunctional therapy approachと「コンテキストに焦点」を当てたContext therapy approachには効果に違いがないといっているというわけだ。
 CAMRも上記の言葉を借りるとfunctional therapy appraochの1つとなる。クライエントは、生まれながらの運動問題解決者として捉えるし、セラピストが専門家として、運動方法を意図的に導いたりはしない。課題をクライエントの希望に沿って設定し、運動リソースが増えたり運動スキルが多彩になる様に導くが、それらをどう使って運動課題を達成するかはクライエント任せである。
 一方で次の様な違いもある。この同じ論文内にストレッチ訓練を行うアプローチとContext therapyアプローチでは効果に違いがなく、可動域維持にはストレッチよりも重要な他の要素があることを指摘している。僕もそれほどストレッチ単独の使用には重きを置いていないのだが、これが上田法だとこれまでのストレッチとは明らかに一線を画した効果を生み出す。しかも上田法を行った後でストレッチもまた効果が増す様だ。
 だからこそCAMRでは、柔軟性改善だけは最初に上田法を使うことを勧めている。CAMRは課題を使った機能的改善と柔軟性や痛みの改善に徒手療法を組み合わせた新旧混合型のアプローチなのである。 
 
 さて僕が一番驚いたのは、Context therapyにおける彼らの理論の純粋さを追求する姿勢である。
 このような例が挙げられていた。スクールバスのステップが高くて1人で乗り込めない脳性麻痺の子供がいる。僕達日本のセラピストなら、子供の筋力改善や高い段差を登るための運動方略を見つけてもらうためにいろいろと子供にアプローチするところである。
 しかしそういった場合にも、Context therapyのセラピストは子供にアプローチせず、学校に電話をしてステップを低く改造してもらうのである。今の日本のセラピストがこれを聞くと「別にセラピストの仕事じゃないじゃん」と言いそうだが、これにはこれなりの良いところもある。まず障害者だけが一方的に努力を要求されるのもおかしい。障害者に一方的に努力を押しつけない、という社会的な価値観が含まれているのだろう。
 またこの解決手段によって、子供はすぐに(論文によると翌日には)学校側が対応して1人でスクールバスに乗れる様になったとのこと。子供は新しい運動スキルを身につけるために長い期間、「1人でバスに乗れない」という苦痛と敗北感に悩まされることもない。環境をいじった方が解決が早く遙かに効果的であるとセラピストが判断すればそれで良しとする訳である。
 日本でも歩行能力を高めるよりは車椅子移動をまず勧めるところもある。クライエントの希望よりも施設側の安全性を優先している場合もあるので、その辺の事情はとても複雑だが・・
 ただ実情はカナダでも同じで、現実のセラピストは病院などの訓練室に縛られ、社会的にも身体能力を上げる役割を求められているとのこと。それでも環境と課題の変化だけに挑戦し続けるというこの一徹さに僕は驚いたのである。
 僕ならすぐに妥協して回りと摩擦を起こさぬかビクビクしながら、理論を引き出しの隅っこにしまい込むところである(^^;))
 あとContext therapyでは、複数のセラピストが1人のクライエントに当たるなどのシステムや家族中心療法などを取り入れていることが説明されている。興味があれば是非ご一読を!(2013年 西尾幸敏)
 
今回の文献
1)Context therapy: a new intervention approach for children with cerebral palsy: Darrah j et al., Developmental Medicine & Child Neurology, 2011, 53:615-620.
2)Focus on function: a cluster, randomizd controlled trial comparing child- versu context-focused intervention for young children with cerebral palsy: Law MC et al., Developmental Medicine & Child Neurology, 2011, 53:621-629.
3)「Thelenの実験や動的システム理論について」
上田正「自己組織化の現象としての、赤ん坊の運動と運動発達」-動的システム論から捉える- 上田正の脳性麻痺学2010:99-118.