医療的リハビリテーションで使われる二つの理論的枠組みの違い
-2つの異なる理論的枠組みから見る上田法 -
葵の園・広島空港 理学療法士 西尾幸敏
(上田法治療ジャーナル, Vol.24 No.1, p3-35, 2013) ”
続きです。まだまだ続きます。
医療的リハビリテーションで使われる二つの理論的枠組みの違い
-2つの異なる理論的枠組みから見る上田法 - その11
葵の園・広島空港 西尾幸敏
6.原因を探ること
ここまでこれだけ原因追及することを批判しておいて今更だが、原因追及をすること自体は決して悪いことではない。さまざまな場面で「原因を究明する」ことはほぼ人の本能と言っても良い。何かの不具合が自分の身に起きているときに、原因がはっきりしないと不安なものであるし、痛みはより強まり、身体を動かすことはより難しくなる。
たとえ「脳が壊れて麻痺が出て、これは治らない」と聞かされても、まず原因を知ることが良いことも多い。これで人は前向きになれるかもしれない。その後で「でもこう対処することはできる」と何らかの解決法を示されることが大事である。もし原因自体が解決可能なものなら、どちらのアプローチを選んでも違いは出ないと思う。
ただし、この対処法として「障害を治しますよ」という出口の見えないアプローチを選ぶのはまずいのでは?それよりも「今よりは適応的に動けるようになりますよ」というアプローチを選びましょうというのがこのエッセイのテーマなのである。そしてそれを選ぶのはあなた自身なのである。
また実際にCAMRで課題を選ぶときも、原因についてはよく知っておいた方が良いのはもちろんである。腰痛のあるクライエントであれば、体幹部のアライメントに配慮しながら運動課題を選ぶことができるからだ。
7.CAMRで見る上田法
さて、今度はCAMRから見た上田法技術の意義について考えてみる。そのためにはまず以下のアイデアについての理解を得ておきたい。
①内骨格系動物と外骨格系動物
以下はベルンシュタインの「デクステリティ 巧みさとその発達」の「第Ⅲ章 動作の起源」16)の一部分の要約である。
ある日動物の進化の過程で大きな出来事があった。横紋筋の出現だ。横紋筋は古くからある平滑筋の数千倍の大きな力を発揮でき、電光石火の速さで収縮する。ゼリーのようにゆっくりとしか動けない原始的な軟体動物に欠けていた、速さと力の問題を完璧に解決した。
そして次のニーズが生まれた。このような素早く強力なエンジンは、ミミズやクラゲなどのやわな体には負担が大きすぎる。そこで急遽必要になったのが、硬くて丈夫なレバー(挺子)システムだ。このシステムによって、新しい筋は高度な動きと、力強い収縮に適した力の作用点を得ることができた。ベルンシュタインはこの一連の出来事を「横紋筋革命」と呼んでいる。
その後、レバーシステムを持った動物は、体を支持するためのまったく異なる方略を持った2つのグループに分かれた。
それは脊椎動物(内骨格系動物)と節足動物(外骨格系動物)だ。レバーシステムを駆使する戦略として、内骨格を選択したのが脊椎動物で、外骨格を選択したのが節足動物だ。そしてこの戦略の違いが明暗を分けた。
節足動物は頑丈な鎧のおかげで、支持にほとんど筋力をつかわなくてすむ。横紋筋を「関節を素早く動かす」ためだけに使える。しかし脊椎動物は節足動物に比べ、段違いの柔軟性を持っている反面、動くためだけでなく、じっと立っているだけでも筋活動とその調節が必要になった。
さらに、鳴り物入りで登場した横紋筋だが、実は以下の3つの弱点があった。
①弾丸のように乱暴に収縮すること
②収縮の持続時間がきわめて短いこと
③収縮の強さを制御できないこと
これらの弱点を克服するために、強縮と呼ばれる高頻度の連続した興奮性刺激による収縮形態を利用しなければならなかった。また収縮力を制御するために動員する運動単位の数を調節しなければならなかった。
これらは脊椎動物にとってマイナスのように感じる。立っているだけでも筋活動が必要なのに、その横紋筋ときたら、気難しいじゃじゃ馬のようにコントロールが難しい。こうして内骨格系動物は、その難しい問題を解決するために膨大な感覚調整の仕組みを発達させることになった。
こうして同じことを反射的に繰り返すことしかできなかった外骨格系動物に対し、内骨格系動物は並外れた適応性と操作性を兼ね備えることが可能になった。
また魚類は均質な水の中を泳ぎ、餌をとるだけだが、陸に上がった両生類以降は体肢を発達させた。大地は起伏に富み様々な環境が存在した。この複雑な環境内で、生存競争を繰り広げるうちに脊椎動物が解決するべき運動課題は、ますます複雑・多様化することになる。
その時その場で、リアルタイムに解決しなければならない、予期せぬ1回限りの問題がどんどん増えていった。時間を無駄にせず、直ちに決断でき、運動を正確にしかも巧みに実現する能力が必要で、こうして大脳皮質が発達した。
哺乳類においては、大脳皮質は学習されていない動作や運動を無限に生み出した。「また動物個体の生活経験を蓄積し、それらを記憶し、その意味を処理しそれを基に初めて出会う新たな問題を解決する」という知的な能力を発達させたのである。哺乳類の運動の特徴とは、それまでの動物が環境に対して反応しているだけなのに対して、課題達成のための知的方略を伴ったその場その場で創発される無限に多様な運動である。