リハビリ・ドックに魅せられて(運動パフォーマンス・アップ編)(西尾幸敏)2014年12月18日-2015年2月13日

 

 

「リハビリ・ドック」に魅せられて 2014/12/18
-強化型老健への道(その1)
 僕の勤めている老健施設では、「リハビリ・ドック」というサービスを3年前より提供している。これは1ヶ月間程度の入所をしていただき、運動のパフォーマンスアップを図ったり様々の生活問題を解決したりして、より長く在宅生活を続けていただくためのサービスである。
(リハビリ・ドックの「ドック」は船の修理や清掃などに使われる施設のことで、「人間ドック」の「ドック」と同じ意味である。このサービスのおかげもあり、この2年以上、当施設の在宅復帰率は約60%を維持している)
 僕の勤める施設は、広島県東広島市の端の山の上にある。施設の回りには建物もない。山の中である。クリニックはあるものの訪れる人も極めて少ない。市の中では過疎地域に当たり周辺の家もまばらだ。施設のデイケアは、送迎のためにかなりの広範囲を走り回らなければならない。
 3年前に介護保険制度の改正があって介護保険施設は従来型老健と在宅復帰強化型老健の二つに分けられた。従来型老健はこれから先、利用料が減らされることが予想される。厚生労働省が「従来型の老健はもう要らない」と言っているのだろう、と皆で話し合った。「よし、それならうちの施設は強化型老健を目指そう!」と言うことになったのだが、なにせ過疎地域の山の中である。施設見学の方に来ていただくだけでも大変である。
 何かしらうちだけのセールスポイントがないと・・・・ということで考えられたのがリハビリ・ドック(通称リハドック)である。サービスの趣旨はズバリ、「在宅生活を支えるための入所サービス」であった。
今回のシリーズは、このリハドックを実現させる過程とその中で苦悩した人々の苦闘の物語である・・・(中島みゆきの「地上の星」をバックに(^^;)!・・・・その2に続く)

西尾です。明後日は広島地区の第1回勉強会!まだ内容が固まりません(^^;))
「リハビリ・ドック」に魅せられて 2014/12/25
-強化型老健への道(その2)
 リハドックの対象者として最初に考えられたのが在宅生活をしておられる方達であった。従来型の老健では、老健同士で利用者様をたらい回しにするということが行われていた。まずそこの流れを断ち切ろうという訳だ。
 地域に働きかけてはリハドックの宣伝を行ううちに次のような要望を持った方がぼちぼちとリハドックに入所されるようになる。
「次第にからだが弱って転げやすくなった」とか「膝が痛くて歩かなくなった」とか「失禁が多くなって介護が大変」とか「紙パンツやポータブルトイレを嫌がるので困っている」など。在宅生活を続ける上で家族が介護で困っている場合が多い。
 もちろん老健施設に本来期待されているような中間施設として、回復期病棟などからも対象者は来られた。
その方達では「リハビリに対する拒否があって訓練が進まなかった」とか「なんとか歩けるのに、『歩行は実用性がない。自宅では車椅子を使ってください』と担当のセラピストに言われた。でもなんとか歩いて生活できないか?」とか「専門のリハビリ施設でもうこれ以上よくならないと言われたが、もう1ヶ月試したい」などという方が多い。こちらの方も「このまま病院から帰っても家で介護できるか不安なので何とかして欲しい」というご家族の気持ちがひしひしと伝わってくる。
 もともと在宅から来られる方は、訓練拒否や運動嫌いの方が多い。また回復期などから来られる方は、毎日複数単位の訓練を受けても変化が見られなくなった方達であった。そしてご家族から要求される問題も含めて、「たった1ヶ月間で結果や解決案を出さねばならない」のは我々スタッフにとってはとても大きなプレッシャーであった。(その3に続く)

明けましておめでとうございます。西尾です。本年もよろしくお願いします。
「リハビリ・ドック」に魅せられて 2015/1/1
-強化型老健への道(その3) 運動パフォーマンスアップ編
 リハドックには2本の柱があって、一つがリハビリ職中心の「運動パフォーマンスアップ」、もう一つが介護職中心の「生活問題解決」である。利用者様が在宅生活を続けるために必要な二つの条件と言っても良い。
 「運動パフォーマンスアップ」について問題なのは、在宅で徐々に運動機能低下した方には意欲低下と運動嫌いの方が多いこと。低下の途中で痛みが発生していることなど。しかしもっとも大変なのは、回復期病棟などで1日数時間のリハビリを3ヶ月近く受けてきて、その結果として「歩行に実用性がない」とか「もうこれ以上の変化は望めない」と言われた方々だ。そんな方々に対して、たった1ヶ月、しかも1日20分2回の訓練で変化を起こせるのか?
 もちろん勝算がないわけではなかった。僕が教官をしていた頃にシステム論を基にしたアプローチ(課題主導型アプローチなど)を知った。ただこれらのアメリカ生まれのアプローチは、徒手療法を徹底的に排するという特徴を持っている。また、因果関係的な思考や試行錯誤的試行の併用は考えていない。この辺がどうも僕の感覚にしっくりとこなかった。何かしらもっとしっくりくるものが作れるのではないかと考えていた。そこで今から15年前に教官から臨床に戻り、自分なりの試行錯誤を交えながら新しいシステム論的なアプローチ作りに挑戦していたのである。
 リハドックを始める頃には、まさにそれに手応えを感じていた。当時まだ名前はついていなかったが、それが現在のCAMR(医療的リハビリテーションのための状況的アプローチ)となる。「1ヶ月という短期間でもさらなるパフォーマンスアップが図れる」という小さな自信を抱いていたのである。(その4へ続く)

西尾です。続きです。
「リハビリ・ドック」に魅せられて 2015/1/8
-強化型老健への道(その4) 運動パフォーマンスアップ編
 CAMRの特徴を一言で言えば、原因解決志向というよりも問題解決志向と言える。誤解を恐れずに言えば「根本原因を何とかするよりも、今、この場で少しでも良い状況を作り出す」ということである。
 それではダメだろうと思われる方も多い。というのも僕達にとって根本原因を解決することこそもっとも有効な解決方法、というのはとても普通の思い込み。たとえば目先の問題を解決しても、根本原因を放っておくとまた再発するではないか。
 しかしながら根本原因には解決不能のものも多い。たとえば脳性運動障害は脳細胞が壊れたことが根本原因だ。そこで「では残った脳細胞に壊れた部分が持っていた機能を学習してもらって、その機能を代償してもらおう」となる。日本では5-60年も前から、この考え方のアプローチがあるが、いつまで経っても「失われた機能が学習されて回復した」という話は聞いたことがない。これは今のところ、このアプローチが根本解決をしていないと言うことなのだろう。
 一方今の状況を少しでも良い方向に変えていくことなら、今この場でも取りかかれることが多い。身体リソースを改善しながら、環境リソースを調整し、袋小路に入ってしまった偽解決の運動パターンを崩しながら、なんとか新しい運動課題を達成してもらう。どれをとっても今この場でできることばかりだ。これが短期間に状況変化を起こす1つの理由である。
 そして運動変化を速く起こすことは、リハビリ・ドックでは重要なことなのである。  もちろん状況変化が早く起きるだけでは解決思考とは言えないが、この状況変化を起こす速さを問題解決に結びつけるところが1つの重要なポイントでもある。(その5に続く)

西尾です。またまた続きです(^・^)
「リハビリ・ドック」に魅せられて 2015/1/15
-強化型老健への道(その5) 運動パフォーマンスアップ編
 状況変化を速く起こすことを問題解決に結びつけるには、どの方向に状況変化を起こすかが重要になってくる。CAMRでは人の運動システムの作動特性を現在8つにまとめており、この作動特性に従って状況変化を起こすようになっている。
 たとえば脳卒中の場合には「急性期、低緊張で支持性がないときに過緊張や外骨格系、あるいは骨靱帯性の支持スキルなど『貧弱な解決』を使って課題を達成しようとする傾向」がある。これは人の運動システムの8つの作動特性の1つである。
この貧弱な解決のために本来潜在的に持っている運動余力が使われないままに時間が経っていることもある。こんな場合にはその隠れた運動余力をクライエントと探索することで短期間に実用的な歩行へと変化を起こすことが可能だ。
 また股関節の術後などに痛みがあるケース。セラピストの報告書には「痛みは自制内で歩かれている」という表現が使われることがある。クライエントはおそらくセラピストとの関係から訓練室では我慢して歩かれていたのだろう。しかし家庭では我慢するよりはむしろ歩かないことを選ばれることも多い。
 こんな場合、「人の運動システムは無限の運動スキルを生み出す」という作動特性を利用する。課題と条件を少しずつ変えて「痛みなく起立・歩行できる」やり方を丁寧に探索していく。もし痛みのない課題と条件が見つかればそれを繰り返していく。痛みなく動く経験の積み重ねは、「痛みなく動ける」世界観を作り上げるからだ。
ともかく疾患に関係なく、その時その場ですぐに起こせる状況変化のきっかけを探索することに集中していくわけだ(その6に続く)

西尾です。このシリーズの「運動パフォーマンスアップ編」も今回と次回を残すのみ。次は「生活・介護問題解決編」に突入の予定かも?
「リハビリ・ドック」に魅せられて 2015/1/22
-強化型老健への道(その6) 運動パフォーマンスアップ編
 前回までは、運動パフォーマンスアップのために、どのようなアプローチを展開するかについて述べてきた。
 今回はリハビリ実施上、考えておかなければならないもう一つのことについて述べる。
それは、リハドックには訓練嫌いや訓練拒否の利用者様も多かったということ。それ以外にも高次脳機能障害のために注意力が低下する、あるいは心身の状態把握ができない方もおられる。必然的にまずこれらの問題に対処する必要があった。ここでもシステム論を基にした「短期療法」の知見を流用させてもらった。
 短期療法は心理療法の一つで、それまでの精神分析などに比べると短期間に効果を生み出すことができるためこの名がついたらしい。基本は問題解決志向である。訓練拒否や高次脳機能の問題に原因を追及するのではなく、状況変化を起こすことを考える。実際、短期療法で使われる技法のいくつかを適用することでなんとか状況を良くしていけるようになった。もちろんこれらの方法はすぐにうまくいったわけでもないし、それなりに苦労もしたが、上手くいくことが増えるようになった。
 こうしてリハドックの一つの柱、「運動パフォーマンスのアップ」をなんとか実現できるようになったのである。(その7へ続く)

西尾です。しばらく休ませていただきました。おかげで気分もリフレッシュです。今月末の広島市の勉強会の方への参加もよろしくお願いします(^^)
「リハビリ・ドック」に魅せられて 2015/2/13
-強化型老健への道(その7) 生活問題解決編
 当初、リハドックを開始した頃には、メインのサービスは実は「運動パフォーマンスのアップ」のみであった。しかし初期の利用者様に強烈なリハビリ拒否の方がおられ、まったく訓練ができないことがあった。そして訓練できないまま、入所3週目の退所前会議で、僕はご家族やスタッフになんと言い訳したら良いのか、あるいは謝ったらよいのか途方に暮れていた。
 そんな中でご家族様が会議開始と共に、「今回は本当にありがとうございました」と深々と頭を下げられた。それは失禁にまつわる様々な介護の手間が軽減されていたことに対しての感謝であった。
 リハビリの訓練拒否については「まあ、あんな人ですから無理もありません」とあっさり言われて、僕も深々とお辞儀をした。それはご家族様に申し訳ないという気持ちと同時に、介護職や他の職種に対する深い感謝の気持ちでもあった。いろんな意味で救われたし、 「生活問題解決」だけでもリハドックは成り立つ、ということに気付いた瞬間であった。
 これ以来「生活問題解決の手法」なるものを早急に発達させる必要を感じたのだった。(その8に続く)
「快刀乱麻の解決策を提案しよう」と気張ってみても上手くいかないということである。実際のところ僕たちはそんなに色々凄いことができるわけではない。
 CAMRやシステム論的アプローチでは、個人なり家族なりを自律的な問題解決システムあるいは課題達成システムとしてみることがポイントとなってくる。僕たちにできることは、個人や家族がそれまでとは異なった状況で日々の活動を送ってもらうということだ。異なった状況で自律的なシステムが作動すれば、それまでとは異なった結果が現れる。その結果がそれまでよりは好ましいものではあればそれを繰り返し、そうでもなければもっと好ましい結果が出るように状況を変化させるだけである。
 つまり僕たちにできることはせいぜい状況変化を起こすだけで(イヤ、これだけでも大変なのだが)、それでどんな結果を出すかは、自律的なシステムであるご本人やご家族にお任せすれば良いのだ、ということが分かってきた。
 それで「CAMRは状況変化の技法である」と言っている。
 実際僕たちはこのことをイヤと言うほど実感させられた。僕たちは運動が生じる状況やご家族の問題が起こる状況を変化させることで、歩行が急激に実用的になり、家族の問題が急激に消滅することをしばしば目撃することになった。
 現在、僕たちは今、この場でできる状況変化に焦点を当てて、それを行うことにしている。徹底的に運動余力を改善し、紙パッドやいろいろな介助具などのリソースの提案を試みる。結果的にそれは問題解決の新たな選択肢をご家族に提案することであった。そして後は利用者様やご家族の選択を待つことにしたのである。
 実際に経験してみないと分からないと思うが、状況変化がある方向に向かうと利用者様やご家族様は急速に自律的な変化を起こされる。それはスタッフ側が期待しているような変化ではなかったりもするが、「それがご本人様あるいはご家族様の選択であるから」と次第にこちらが納得するようになったのである。(終わり)