状況的アプローチ - 上田法技術を活かすための枠組み(最終回)

”状況的アプローチ - 上田法技術を活かすための枠組み(上田法治療ジャーナル, Vol.22 No.2, p59-88, 2011) ”  今回は「症例2」を載せています。 残念ながら利用者さんの写真は了解を得るチャンスがなく、省略してあります。最終回です。


《症例2》
①クライエントの紹介:脳性麻痺の重度痙直型四肢麻痺の43歳女性(写真3)
(以下、写真の掲載についてはご本人の承諾を得ている)
写真3
頭部は比較的随意性が高いので電動車椅子を顎でコントロールし、施設内移動は自立しておられる。しかし体幹には強い伸展があり、常に背中が背もたれに押しつけられ、同一姿勢保持に伴う苦痛を感じておられた。特にお尻や背中が痛くなる。夏場は背中が汗びっしょりになって不快など。
電動チルトは付属していて、ある程度ご自身で姿勢管理ができるが、苦痛は収まりにくく、定期的にベッドへ降りなければならないとのこと。
②解決するべき問題の明確化
 「電動車椅子上で同一姿勢を保持することによる苦痛を軽減できる」
④ リソースの検討と最初の運動課題の設定
 体幹部の伸展が強くて柔軟性の低下があり、さらに電動車椅子は体幹の安定性のために骨盤部のベルトや体幹の側方安定板によってがっしり固めてある。側方への重心移動は無理だが、頸部の屈伸運動はできるので、それに伴う前後への重心移動は可能ではないか、と考える。重心移動が起これば体幹部に動きが生まれ、荷重部位も変わる。同じ部位で体重を支え続けることが減るので、少し楽になるのではないか。
 最初に増加させるべきリソースは「体幹部の柔軟性」で、それによって、「前後方向へ体を揺すること(重心移動)をより大きくする」ことを最初の運動課題とした。
 まず上田の体幹法を実施し体幹部の柔軟性を増す。同時に電動車椅子上で首の屈伸運動を一度に数十回程度(軽く疲れるまで)、週5日間実施する。やがて2週間後には背中を一瞬だが背もたれから離せるようになられる。(写真4)
写真4
一方で初期に、セラピストが介助して体幹部を側方安定板の前に出すと、頭部を左右に側屈して左右への重心移動が30秒程度監視で可能だった。これもセラピストが毎回設定して定期的に行う運動課題とした。そして日数の経過と共に徐々に左右への運動範囲や回数・時間が増加し、1ヶ月後には10分程度は余裕でできるようになられた。
④状況変化を受けて新しい運動課題の設定
 開始して1ヶ月後、クライエントより、「左右へ身体を揺らすとお尻や腰が楽になる。背中が背もたれからずっと離れているので、涼しくなって良い。だからなんとか側方安定板から自分で飛び出したい」と言われる。
 「自分自身の力で、側方安定板から外れる」とクライエント自身から提案され、これが新たな運動課題となる。
すぐにクライエント自身がそのための新しい運動スキルを発見された。頭部を勢いよく屈曲して体幹を少し前傾すると、右側(少し麻痺の軽い方)の側方安定板に身体を預けてそこで留まる。またそこから頭部を勢いよく前方へ振り出し、また右に寄りかかってそこへ留まる・・・これを繰り返して徐々に体幹を前傾したまま保持できるようになる。しかし側方安定板から外れることはできなかった。
⑤環境リソースを調整する
 そこでセラピストより側方安定板を小さくしようと提案する。ご本人の同意を得て左右の板をそれぞれ半分にカットする。(写真5)環境内の利用可能なリソースを調整することにより、1人で前方へ体幹を倒し、左右の側方安定板より外れて左右への重心移動ができるようになられた。(写真6,7,8)
写真5               写真6










写真7               写真8

 結果エアコンの下に移動して体幹を前に傾けて背中の熱気を取り、左右へ体を揺らしてお尻や腰の痛みを和らげることが独りで可能となり、座位時間の延長にもつながった。自分自身で姿勢を管理する能力が少し高まったおかげで、自分自身で不快を軽減し、行動範囲も広がった。
11.状況的アプローチのまとめ
 状況的アプローチでは「人は生まれながらの運動問題解決者」と考えるため、セラピスト側はサポーターとしてクライエント自身が自分の問題を解決するのを援助する側に回る。クライエントの問題を明確にして、達成可能な運動課題やリソースへのアプローチを話し合いながら設定する。
 目標達成に向けて、セラピストは「運動リソースが質的・量的に増え、運動スキルが多様になる」ように工夫する。つまり適当な手技を用い、適当な運動課題を設定し、環境調整を行う。また評価をし、運動課題の再設定をクライエントと協同して行う。
そしてこの状況変化によって運動は変化し、さらに変化した運動が次にはさらに状況を変化させる。しばしばクライエントは新しい課題や目標を自分で見つけ出されることもある。それに取り組まれると、また新たな問題が明らかになる。セラピストはこれに応えて、さらなる課題やリソースの再調整を行う。
状況的アプローチは、リソース改善と運動スキルの多様化という手段による「状況変化の技法」とも言える。乱暴な言い方をすれば、「身体が変われば状況も変わる」というアプローチなのだ。
また一般に麻痺が重いと、筋力・持久力のリソースの改善は難しい。特に筋力のアップは、パフォーマンス・アップや生活拡大には欠かせない。従って麻痺が重いと環境リソースの調整がパフォーマンス・アップや生活拡大の重要なポイントになってくる。
 たとえば症例2のように、随意運動は頸部・頭部にしか見られなくても、顎を使って電動車椅子が操作できれば、施設内での移動がある程度自立する。逆に症例1では筋力アップがかなり図れたので、目的達成のために改めて環境リソースを調整する必要はなかった。
 状況的アプローチでは、身体リソースや環境リソースを豊富にし、それを基に様々な基本的な運動スキルを多彩にできるよう課題設定していく。また評価にクライエント自身を巻き込み、クライエントとセラピスが協同して目標を立て、それぞれの立場から達成の努力をする。
 よく言われるが「クライエントを中心に置く」という考えとは違う。(注5)クライエントとセラピストの二つの立場が同時に存在するので「クライエント-セラピスト協同型」のアプローチを提案している。クライエントは自律した運動問題解決者であり、セラピストはクライエントが問題を解決するのを援助する立場で。
 システム論や状況的アプローチを理解できるかどうかは、セラピストが「人は生まれながらの自律した運動問題解決者」という人間観を受け入れられるかどうか、あるいは「管理する者-管理される者」という枠組みを抜け出せるかどうか、というところかもしれない。
注5 クライエントを中心に「置く」とした場合、中心に置いているのは誰か?という疑問が湧く。それがセラビストなら、セラピストがまるで神のごとく俯瞰の立場から、クライエントを置いているように思われる。自分の存在を別格としているようで僕にはどうも納得ができない。クライエントの立場を説明するならセラピストの立場も同時に説明するべきである。

文献
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11) 西尾 幸敏: Auto-estimatics(オートエスティマティクス)という評価からの提案-クライエント-セラピスト協同型アプローチと運動スキルの視点-. 広島理学療法学 12:p100-108, 2003.