医療的リハビリテーションで使われる二つの理論的枠組みの違い-二つの異なる理論的枠組みから見る上田法(最終回)

医療的リハビリテーションで使われる二つの理論的枠組みの違い
   -2つの異なる理論的枠組みから見る上田法 -
葵の園・広島空港 理学療法士 西尾幸敏
(上田法治療ジャーナル, Vol.24 No.1, p3-35, 2013) ”
 続きです。まだまだ続きます。
 
   

医療的リハビリテーションで使われる二つの理論的枠組みの違い
   -2つの異なる理論的枠組みから見る上田法 - その12
葵の園・広島空港 西尾幸敏

④ CAMRにおける上田法の意味
 システム論から見ると脳性運動障害で見られる過緊張は、傷ついた運動システムが残存したメカニズムを総動員して、なんとか重力を含む環境の中で運動を生み出そうとした状態である、と解釈する。つまり外骨格系運動方略をとろうとしているのである。確かにそれによって比較的簡単に体に硬さと支持が生まれ、課題達成に役立つこともある。
 役立つ作動は繰り返され、時には強められ乏しい解決となる。また多くの場合麻痺が重度になればなるほど、この過緊張を強める作動は過剰になる。そして過剰に硬くなるだけで機能的には役に立たず、痛みや不快としてクライエント自身を苦しめる場合もある。(この場合は明らかに偽解決である)なんとか張力を生み出し、体を硬くし運動範囲や重心の移動範囲を狭め、ますます定型的な姿勢や運動の袋小路へと運動システムを追い込んでしまう。それは頑固なまでに安定し、色々な刺激を加えても変化しにくい状態になる。
 このように外骨格系運動方略によって乏しい解決や偽解決に陥ってしまった状態を、上田法によって一時的に変化させることができる。過緊張の状態を低下させ、運動範囲や重心移動範囲を拡大する。そして隠れた運動余力を探索する機会が与えられる。また痛みや不快などの過緊張の苦しみからクライエントを解放する。
 一方で脳性運動障害以外でも高齢者や廃用症候群などでは、長い間体を動かさないために体の柔軟性が失われる。上田法はこの場合にも有効である。体幹部や四肢の運動範囲と重心移動範囲を拡大する。クライエントはこの拡大した運動範囲を利用し、筋力強化を含む様々な運動課題を通して運動余力を増やすことができる。
 CAMRでは上田法は、低下した柔軟性のために動きを低下あるいは失ってしまった状態を改善させるきっかけの技術と考えている。上田法は低下した柔軟性を改善するのに様々な障害に関わりなく効果的であるが、とりわけ脳性運動障害においては他に勝る徒手療法はないように思える。薬物や機器を使わず、誰でも実施でき、状況変化のきっかけとなる技術である。
 上田法で柔軟性という運動リソースを改善させると言うのは、システムの相互作用という関係性を変化させるということだ。では従来的な筋肉の伸張法やリラクゼーション法でも可能ではないか、と考えられる。しかし脳性運動障害では、従来的な伸張法やリラクゼーション法で筋を伸ばしても、直後の非常に一時的で小さな柔軟性変化が起きるだけだ。持続的で大きな柔軟性変化が起きなければ、クライエントは広がった運動範囲で重心移動の練習をしたり隠れた運動余力を探索・発達させる機会も時間もないことになる。
 持続的な運動変化のきっかけとなるためには、より強力で長続きする柔軟性改善が必要なのである。上田法が決定的に従来の伸張法やリラクゼーション法などと違うのは、この効果の大きさにある。効果が大きいので、軽度の麻痺などでは数回の上田法実施で、自分から動き始め、自ら隠れた運動余力を発見し、より新しい創発的な運動の連鎖が起きたりするのである。
 そういった意味で上田法技術は、1人1人のセラピストがより大きな効果を生み出すよう熟練していく必要がある。より継続的で大きな柔軟性改善こそが、外骨格系運動方略に陥りがちなクライエントの運動システムの関係性を変化させるきっかけとなるのである。

もう一度まとめておこう。
 もし「過緊張が健常な分離運動の出現を邪魔する」という仮説でみると、上田法技術は健常な運動を出現させるための決定的役割を演ずる、と仮定される。それは魅力的な役回りであるが、この仮説が間違っていることは明確である。「過緊張の出現→分離した運動の妨害」という直線的な因果関係は存在しない。
 また上田法は「健常な運動を繰り返して、健常な運動の形を学習する」という目標の中でも用いることができる。まず上田法で柔軟性を改善し、その後の健常者の運動モデルに似せた運動の形を繰り返しやすくなるというわけだ。この場合、上田法は過緊張という症状を対症療法的に抑えていることになる。ただ健常者モデルをただ繰り返すことに意味が無く、また過緊張の状態を繰り返すことになる。
 CAMRではこう考える。まず脳傷害の結果、筋力などが失われ課題達成的な運動ができなくなる。そこで残ったシステムの機能を総動員してなんとか環境に適応しようとするが、その過程で過緊張が現れる。また現れた過緊張は、繰り返し強められ、やがてはシステムが本来持っている運動余力まで見えなくしてしまう。
 結局、過緊張は図1で描かれた鎖のような「もの」として、運動を縛る原因ではない。システムの色々な構成要素の相互作用から生まれた一つの状態である。つまり過緊張の状態と言うのはシステムのその時その場での作動の結果を表しているに過ぎない。上田法によって一時的に過緊張の状態が消失するということは、上田法という外力によってその時その場での作動の結果を一時的に変化させたに過ぎない。外力がなくなり、元のシステムの作動が変化しないのならば元の過緊張の状態に戻るだけである。システムの持続的な変化に必要なのは、システムの基本的な作動の持続的変化なのである。
 上田法技術は過緊張という袋小路に入ったシステムの作動を一時的に揺さぶり、本来持っている運動余力を発見させる状況変化を起こすためのきっかけとなる技術である。過緊張が低下したときに、様々な運動課題を通して新たに発見された運動余力とその発達は、持続的な作動の変化を起こす基となる。
 CAMRでは失われた機能、障害に焦点を当てるよりは残った機能に焦点を当てることが重要だと考えている。残った機能とは隠れた運動余力を含む。上田は重度の脳性麻痺者にも「隠れた姿勢能、隠れた運動能」があり、「その運動能が現実の運動として創出されるための条件(下位システム)を今度は探求しなくてはならない」と述べている2)。上田法技術による柔軟性の改善は、間違いなくその条件の一つと言えるだろう。
 さてどの枠組みで捉えようと、上田法技術としての効果が変わるわけではない。技術としてはどの枠組みでも過緊張を落とし、柔軟性を改善することができるだろう。そしてどの枠組みを選ぶかは、個人個人の問題である。上に挙げた三つの上田法の役割のうち、前二つは還元論的な枠組みによるもので、誰にも理解しやすい。だからみんなこの枠組みに流れがちだ。
 僕はもちろんCAMRを勧めているが、この理解のために乗り越えるべき壁はとても高い、というのが実感である。システム論を表面的に理解しているだけではとても乗り越えられない壁である、というのは僕自身の経験なのだ。

8.終わりに
 本稿では従来型アプローチとCAMRの理論的枠組みの違いを比較し、その中で、上田法技術がどのような位置づけになるかを説明した。まだ説明の足りないところは多いが、次の機会があれば・・
 またアメリカ生まれの課題主導型アプローチなどのシステム論的アプローチと日本生まれのCAMRは、共にシステム論を基に発展したものだが、明らかに大きな違いがある。アメリカのシステム論的アプローチでは「課題達成の運動はできれば何でもよい」とするがCAMRでは「できるだけ多様に達成できる方が良い」と考える。
個と集団の文化の違いかもしれない。日本人は明らかに集団の関係性に気を使いながら生きてきたのである。個を前面に押し出すアメリカ人とは違っていて当たり前なのかもしれない、というのは少し穿ちすぎか。でもきっと日本人は相互作用的な関係性に敏感だ。 ちなみに表2はCAMRと他のシステム論的アプローチとの違いをまとめたものである。次回の予習として参考になれば幸いである。


文献
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2. 上田正: 片麻痺や、左右で障害程度の異なる脳性麻痺児に対するConstraint-Induced Movement Therapy(CI療法)、(拘束誘導運動療法《仮称》)- 隠された姿勢能・運動能を探る- 上田法治療研究会会誌 Vol.17 No.1, 2005.
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7.H.R.マトゥラーナ,他: オートポイエーシス-生命システムとはなにか. 河本英夫訳, 国文社, 1991.
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9.大森荘蔵: 大森荘蔵著作集第二巻 前期論文集Ⅱ「記号と言語」,岩波書店,1998.
10.P.ワッラウィック, 他: 変化の原理 問題の形成と解決. 長谷川啓三訳, りぶらりあ選書, 1992.
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12.熊谷 晋一郎: リハビリの夜, 医学書院, 2009.
13.道免和久, 田中章太郎: 講座 脳の可塑性 シリーズ6運動療法. 総合リハビリテーション30巻12号1389~1395、2002.
14. 田上幸生, 西尾幸敏: 状況的アプローチを用いて運動変化が見られた脳卒中維持期の症例その1. 第22回上田法治療研究会学術集会, 2012.
15.田上幸生, 西尾幸敏: 状況的アプローチを用いて運動変化が見られた脳卒中維持期の症例その2. 第22回上田法治療研究会学術集会, 2012.
16.ニコライ・A・ベルンシュタイン:「デクステリティ 巧みさとその発達」. 工藤和俊訳, 佐々木正人監訳,金子書房, 2003.
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