その12 探索とは何か?評価と探索の違いについて(その3)(田上幸生)

2)運動問題解決者としての振る舞いを促進する
Higginsは、運動スキルの獲得に際してはクライエントを自律的で有能な運動問題解決者とみなすことが大事だと述べています7)。運動問題を解決していくのはクライエント自身に他ならないというわけです。運動問題解決者であるクライエントが自分自身の運動問題についての情報を持っていなければ、問題解決もままならないことになります。こういった観点からも探索の重要さがクローズアップされます。
もっとも情報を獲得するということでいえば、セラピストからフィードバック情報を得るという方法もあります。これはこれで手段の一つとしてはよいのですが、これだけではやはり不十分だと言わざるを得ないでしょう。ヘルドとハインの実験結果からもわかるように、自ら能動的に動いて得られる情報とそれ以外の受動的な情報とでは質が異なっている可能性がありますので。
また、内発的動機付け研究の報告からも探索の意義について言及できます。例えば自己決定理論を提唱しているデシら8)は、内発的動機付けを高めるには、自律性・有能性・関係性という3つの心理的欲求をバランスよく満たす必要があると述べており、このうちの自律性を支援するには、自己選択・自己決定の機会を持つことが重要だとしています。
しかし一般的なリハビリテーションの介入場面では、その専門性の高さゆえからか、クライエントは圧倒的に受身的な立場に置かれることが多いようです。専門家であるセラピストにより選択された評価が、「○○してください」「○○はできますか?」とセラピスト主導で進められ、評価結果はセラピストにより解釈され、問題点の抽出から目標設定、プログラム作成までセラピスト主導で進められていきます。クライエントが自己選択・自己決定する機会はあまりありません。それどころか、むしろセラピストが管理的に振る舞う場面さえ見受けられます。
 一方探索活動においては、自然な流れでクライエントの主体的な関わりが促されます。セラピストが課題の提示はしますが、それをどのように実施するかは完全にクライエントに委ねられます。クライエントは自己選択と自己決定を駆使しながら、自分と世界がどのような関係を切り結べるのかを探索していくわけです。これはクライエントの自律性の支援にもつながるものと思われます。
 また、ここはセラピストの腕の見せ所の一つでもあるのですが、課題の提示に際しては実際的で、挑戦的でありながらも達成可能なレベルのものを選びます。あまりにも簡単すぎる課題や、逆に難しすぎる課題ではクライエントの意欲低下を招きかねません。少し頑張れば何とか達成できるレベルの課題で、小さな成功体験を積み重ねていってもらいます。
 さらに課題を工夫することもできます。運動結果がクライエントにわかりやすいようにするのです。例えば麻痺側下肢を一歩前に出すという課題を提示する場合であれば、何もない床面で漠然と一歩踏み出すような課題では、それがうまくできたのか、あるいはどの程度できたのかがクライエントにはわかりにくいと思います。
このような場合では例えば何か目印となるようなものを設定して、踵がその目印を超えるように踏み出すような課題にしてみます。そうするとうまく課題を達成できたのかどうか、目印に対してどの程度できたのかが一目瞭然でわかりやすくなります。セラピストによるフィードバックを待たずとも、運動結果はクライエント自身によって視覚的にその場で簡単にわかるわけです。
運動学習理論研究では、結果の知識(knowledge of result:KR)を与える時期、頻度、精度などについての議論があるようですが9)、このような課題の工夫によって必ずしもセラピストがすべてのKRを与える必要はなくなります。代表的な外在的フィードバックであるKRを、部分的に内在的フィードバック化していると言ってもいいかもしれません。
つまり、クライエントがセラピストに依存することなく、自らの運動に関する情報をある程度自らの力によって獲得することができるようになるのです。このことはクライエントの問題解決能力を高め、自己効力感を高めることでしょう。これらの課題の工夫は、クライエントの有能性の支援にもつながるものと思われます。
探索活動においては、このようにクライエントの自律性や有能性を支援することによって内発的動機付けを高め、運動問題解決者としての振る舞いを促進できる可能性があると考えられます。

3)探索の過程と結果をクライエントとセラピストが共有できる
 従来的なリハビリテーションの介入場面では、クライエントの運動問題に関する情報は主にセラピストが把握・管理して、必ずしも十分に情報共有ができていなかったように思います。セラピストが主導して評価を行ない、セラピストが評価結果を解釈して介入へつなげていました。専門的な分野ゆえに、専門的な知識や技術を身につけたセラピストが問題解決において主導的役割を担わなければならないという、よく言えば使命感のようなものがあったのかもしれません。
 しかし運動ということに関しては、ある意味僕たちは誰もが専門家ということもできます。僕たちは生まれた瞬間から次々と運動問題に直面し、誰に教わるともなくそれらを解決してきました。まぎれもなく生まれながらの運動問題解決者なのです2)。
 それではリハビリテーションの専門家はクライエントの運動問題解決に不用なのかと言えば、もちろんそんなことはありません。クライエントだけでは気づきにくい問題もありますし、専門家の支援を受けた方が効率的に問題解決できる場合もあります。クライエントはクライエントの立場から、セラピストはセラピストの立場から運動問題を捉え、協働して問題解決にあたることが望ましいと思われます。
 その点、探索活動は情報共有の場として有意義です。クライエントは自ら試行錯誤しながら運動問題の解決にあたり、セラピストはリアルタイムでその過程や運動結果を客観的に観察できます。それぞれが、それぞれの立場から情報を得ることができますので、問題解決へ向けた議論の土台を共有できることになります。

5.評価と探索の違い
 従来的な評価も探索も運動問題を把握・解決するための手段のひとつです、それぞれに特徴が異なります。主な違いをまとめておきます。
・従来的な評価がセラピスト主導で行なわれるのに対して、探索はクライエントとセラピストが協働して行なわれます。
・従来的な評価ではクライエントは受け身的な立場に置かれますが、探索ではクライエントを運動問題解決者とみなしてセラピストはその支援者と位置付けられます。(2013年)

(参考文献)
1) デジタル大辞泉(小学館).
2) 西尾 幸敏:状況的アプローチ -上田法技術を活かすための枠組み.上田法治療ジャーナル, Vol.22 No.2, p59-88, 2011.
3) Heriza CB: Implications of a Dynamical Systems Approach to Understanding Infant Kicking Behavior. Phys Ther. 1991;71:222-235.
4) ユクスキュル:生物から見た世界.新思索社,1973.
5) エドワード・S・リード:アフォーダンスの心理学.新曜社,2000.
6) 佐々木 正人:認知科学選書15 からだ:認識の原点.東京大学出版,1987.
7) Higgins, S. Motor skill acquisition. Physical Therapy, 71:123-139,1991.
8) エドワード・L・デシ、リチャード・フラスト:人を伸ばす力 内発と自律のすすめ.新曜社,1999.
9) 大橋 ゆかり:セラピストのための運動学習ABC.文光堂,2004.